誰かに贈り物をするとき

 

 べつに死ぬほどお金持ちで、お金が掃いて捨てるほどあるというわけではなく、むしろ月末になると財布の中身が心配になることの方が多いのだが、生意気にも、人に贈り物をしたりするのが好きである。

 

 これは誰かに教えられたわけでも、誰かやたらと私に贈り物をする友人がいたというわけでもないのだけれど、いつの間にか自分の性向として定着してしまっているようだ。自分でいうのも何だが、自分のこういうところは気に入っている。

 

 かなり偽善者っぽいというか、いささか資本主義的な発想かもしれないのだが、贈り物を何にしようかと考えている時間はかなり楽しい。

 

 この間は少し年下の知人の就職祝いを買った。そのために梅田をウロウロして、色々と吟味した結果、ボールペンを買った。そもそも、買い物を面倒臭がる性質で、この間などはトイレットペーパーを買いに行くのがだるく、アマゾンで買ってしまうというほどの出不精なのに、こういう買い物の時間はあれこれ考えて歩き回っても一向に苦にならない。

 

 贈り物をするという行為で、優越感みたいなものを感じているのだ、という分析も不可能ではないだろう。一つ訂正するところがあるとすれば、それは優越感というより、心の余裕と言った方が正しいのかもしれない。忙しく暮らしている時間の中で、他人のためを思っていられる、非常に貴重な時間なのだ。こういう時に私は幸福である。

 

 ちなみに今(書いたのが一月だった)は、塾を卒業し、大学生になってゆく高校三年生たちに贈り物を、と考えている。贈るものは決まっていて、本にしている。一人ひとりの顔を思い浮かべながら、大学生になった時に読んでほしい本を考えているのだが、これもまた、悩みながらも幸福な時間である。