グアルディオラ的

私が働いている塾はいわゆる「個別指導」の塾だから、塾長であるところの私は、なるべく生徒と話す時間を持つようにしている。改まって面と向かって話す(たまにそういう機会もあるが)のではなく、ちょっとした雑談を毎週重ねていけるように心がけている。 …

雨の音が聴こえるとき

数年前から、幸福とは何かということを、自分なりに考えてきた。私にとって考えるということは、書くということに他ならない。書くことで自分の考えを知り、文字に置き換えられた考えを操作して、また別の考えを見つける。幸福とは何かということについて考…

好きな音楽を聴いているとき

私の友人に西田くんというのがいる。中1のときからの友人だから、もうかれこれ17年くらいの付き合いになる。人生の半分以上というわけで、大した時間である。彼は、今ブリュッセルでクラシック・ギターを専門に学んでいて、プロの演奏家を目指している人間…

大平健著 やさしさの精神病理

やさしさというのは、よく考えてみると複雑な概念である。私は、「好きな女性のタイプは?」と訊かれたら、「やさしい人です」と躊躇なく答えてきたけれど、ふと立ち止まって考えてみると、そのやさしさは、一体何を指しているのか、自分でもわからなかった…

フィクションにおける現実味の問題 サマセット・モーム『月と六ペンス』

いま振り返ってみると、大学生のときの時間というのは、人生がもし小説だとしたら、本文ではなく余白のようなものだと思っている。人生がもし交響曲だとしたら、一楽章のどこかに置かれた音符のない長いゲネラルパウゼのようなものだと思っている。 そんな大…

接着剤みたいな哲学者 アウグスティヌス

どうしてアウグスティヌスに興味を持ったのかよく憶えていないのだが、去年の秋くらいに梅田のジュンク堂で、ふと惹かれて買った。アウグスティヌスに関しては、名前を知っている程度で、たしかハンナ・アーレントの博士論文のタイトルが「アウグスティヌス…

現実逃避

シャワーを浴びている時はなぜだか反省してしまう。「あんなコトあんな風に言うんじゃなかったな」とか、「はー、昨日洗濯しておけばよかった」等々。たぶん、うつむいて湯を浴びるから自然と姿勢が反省をうながすのだと思う。そういう時、たまに、「俺の人…

2018年に読んだ本

いよいよ年の瀬ですね。 2017年に読んだ本 - BANANA BOOK を読み返したところ、2017年は30冊の本を読んでいたようですが、今年も30冊でした。 目標は「月3冊は読む!」だったのですが、残念ながら達成できなかったようです。来年こそは……という願いも込…

大人になる瞬間

あなたは、「大人になれよ」と言われたことがあるだろうか。私は、ある。それ以来、「大人」とは何か、何者なのかをよく考えている。 私は29歳で、いい大人だ。大人のなかでも、ルーキーとは言い難い。それでもまだ、自分の中に子供らしい部分があるのを感…

夢は名詞じゃなくていい

長い間感じていた違和感の正体がスッと理解できる、姿が見えることがある。私にとっては「ついさっき」がその瞬間だった。帰宅して手を洗い、テレビをつけて洗濯物を畳んでいるときに、「ああ、そういうことか」と得心がいったので、そのことを忘れないため…

デレク・ブルジョワ(Derek Bourgeois)について

大学の時に習っていたフランス語の先生が「人とは言葉である」ということをある日の授業でふっと言った。もちろんその言葉に至るまでには壮大な文脈があったのだが(その文脈自体は忘れてしまった)それから折に触れて「人とは言葉である」というセンテンス…

数学と私 その5

5. 人生という応用問題 たとえば子供に「何のために数学を勉強しなくちゃならんのか」と問われたら、それなりに言いくるめる方法はありそうである。「世の中には便利なものが沢山あるけれど、数学のおかげなんだ」とか、「数学を勉強していた人の方が年収が…

数学と私 その4

4.模試と私 私が通っていた高校は大学附属の学校だった。いわゆるエスカレーター式というやつだが、推薦基準なるものがあって、それを満たさないと大学に上げてくれないのである。 なぜか私たちの学年からその基準が厳しくなって、業者の模試を受けて、そ…

祈るとき

私は比較的「祈る」という言葉を頻繁に使う人間だと思う。実際よく祈る(人事部とかではないですよ)。自分のために祈ることもあるし、他人のために祈ることもある。日記にもよく「祈った」と書いてある。 私はキリスト教徒ではないけれど、中・高とキリスト…

数学と私 その3

3.別解と私 試験一週間前になると部活が休みになったので、そういう時、私はHRの教室に残って勉強をしていた。私のほかにもそういう生徒が何人かいたと思う。家では勉強できない人たちだ。ある日、一つの問題が私の手を止めた。 自分にとって大切な記憶は…

数学と私 その2

2.補講と私 塾では散々な思いをしたが、小学校で算数はだいたいできていた。宿題なんかも律義にやっていたし、通信簿も全部「よくできました」だった。 ところが受験して私立中学に入ると、周りが自分よりできる。その状況自体は、塾に通っていた時から慣…

数学と私 その1

1.算数と私 根性のない子供だった。今では信じられないが、幼稚園の頃はガリガリに痩せていて、かけっこなどはベベ、リレーなんかが大嫌いだった。自転車も、逆上がりも駄目で、要するに、「できるまでやってやろう」という気概がない、ひょろひょろした子…

日記を読み返しているとき

SNS全盛の現在にあって、わざわざ紙の帳面にペンで日記などを書きつけている人は、あまりいない。Twitterもある種の日記だし、利用する人が多くいるということは、人間には、何か根本的に、自分の生活や、その時々思ったり感じたりしたことを、何らかの形で…

ほかのどんな小説とも違う小説  奥泉光 「石の来歴」

もしあなたがとても美しい万華鏡を手に入れたとしたら、きっと数時間はそれを手放すことができないだろう。でも一晩眠ればその感動は失せて、一週間後にはどこかに仕舞っていて、半年後には埃をかぶってしまい、一年後にはどこに置いてあるかわからなくなっ…

三度目くらいで気づくこともある 村上春樹「国境の南、太陽の西」

村上春樹作品の中でも、個人的に気に入っている小説だ。長さ的には、単行本・文庫本一冊分で、中編小説ということになる。 今回読んだのは、おそらく三度目だ。 一回目は、高校生のとき。そのときから、こういう、大人の男が孤独に生きる雰囲気みたいなもの…

「物理ボタン」という表現に衝撃を受けたのは私だけなのだろうか?

よく言われる話だけれど、もうビデオテープを見る人はほとんどいないらしい。DVDか、ブルーレイか、Youtubeか、そのへんで動画を見るのが普通になっている。それでも私たちは、ビデオとか、フィルムの名残で、「巻き戻す」という言葉を使う。もう巻かれたも…

実るほど……

実るほど 頭を垂れる 稲穂かな という言葉がある。すばらしい俳句であり、警句でもある。確かに稲穂は、実れば実るほど、中身が充実してくれば充実してくるほど頭が垂れてくる。それはいわば重力の影響であって、あくまで自然科学的に分析可能な現象にすぎな…

元気のふしぎな性質

何の変哲もない表現が、よくよく考えてみると、思いがけない発見を齎すということが、まれにではあるが、ある。私はつい最近、ちょっとしたことをじっくり考えてしまった。「元気」って何だろう、という話だ。 誰かと何かの世間話をしていた拍子に、「いや、…

橋を渡るとき

橋を渡るということは、日常の風景といってもよいと思う。橋を渡ったことがないという人は、おそらくかなり少ない。私も橋を渡る。ただし毎日ではない。毎週日曜日、淀川に架かった大きな橋を渡って、枚方市から高槻市へ行く。大阪を知らない人には不明な話…

「己の欲せざる所は人に施す勿れ」という倫理について

この間遅い昼食を取りに松屋に入った。よく松屋へ行く。この夏は冷やしとろたまうどん+ミニ牛めしセット税込630円をよく食べている(夏に書き始めた文章だったので、今読むと寒い)。個人的に、バランスが良くて気に入っている(栄養バランスはひどそう…

変化するということ

去年は「SHISHAMO」というアーティストの「明日も」という唄を牛丼屋でずいぶん聴いた。去年の夏は自炊をする気力を完全に喪失していてよく牛丼屋に通っていたから、おそらく聴く機会がやたらと多かったのだろう。 そんなこともあって、邦楽プレイリストに「…

2017年に読んだ本

平成三十年になった。私は平成元年生まれだから、平成の時の流れとともに成長してきたのだが、意外な形で平成が終わることになった。心がまえができるという点では良いのだが、もう自分がひとつ古い元号の時代の人間になると解っているというのは、少し複雑…

光るピアノ

今まであまりこういうことをブログで書いたことがないのだが、最近、ブログは個人的なアーカイヴとして結構優秀だな、と思うようになってきたので、非常に個人的な内容の記事だが書いてみる。 今朝見た夢の話だ。ずいぶん印象的だった。 私はその夢の中で、…

未来の楽しみを思い浮かべているとき

楽しいことを思い浮かべているあいだは、その人はやはり幸福であるといえるだろう。実際に、その時に何か楽しいことがなくても、思っているだけで幸せになれるものだ。しかしこの幸福についても、二つの種類があると思う。 ひとつは、過去の楽しかったことを…

サブスクリプション時代の音楽鑑賞について

サブスクリプション型の音楽配信サービスが開始されて数年になる。はじめ、私のようなどちらかといえばレトロな人間は、ただ傍観していた。あまり積極的にそのサービスを利用する気になれなかった。「音楽」が「聴き放題」というのが、どうしても納得がいか…