雑記

needとwant

言葉がいつもヒントになる。私たちはそういう話ばかりしている。年に一度しか会わない種類の友人がいる。ユズルくんはそういう友人だ。かなり特殊な友人だ。特殊というのは、年に一度会うから、という意味ではない。彼とは留学先のフランスで出会った。寮で…

「役に立つ」病

おそらく多くの大人と比べて私は暇でぼんやりしている方だから、たまに物凄く漠然としたことを考えてしまう時がある。ここ最近考えていることは、「知る」というのはどういうことなのだろう、ということだ。 私たちは、「知る」ということについて、「役に立…

アイデンティティのフラクタル

夏の高校野球を、地方大会の準決勝あたりから眺めていると、我々のアイデンティティというものは、ドメスティックなものに限定しただけでも一筋縄ではいかないことがよくわかる。 最近は地方大会もネットで中継がある。大阪大会の準決勝くらいは、地元の近く…

国語と私

どうして手に取ったのか思い出せない本というのがある。若松英輔の「言葉の羅針盤」もそんな一冊だ。 読んでいると、思いがけず次の引用に出会った。 予もいづれの年よりか片雲の風にさそはれて漂泊の思ひやまず 心をくるはせる道祖神のまねきにあひて取物手…

僕は運転ができない

私は実はいろんなことができるのである。トロンボーンをまぁまぁ演奏できるし、たいていの金管楽器は一通りの音を鳴らせる。ちょっとだけならサクソフォンも吹けるし、平泳ぎも得意だ。もっと言えば、実はフランス語を喋ったり書いたり読んだりすることもで…

横断歩道のこと

職場の近くに、みじかい横断歩道がある。幅およそ二メートル程度で、大人の足で二、三歩で渡れてしまう。交差する車道は一車線で一方通行で、見通しもよく、そもそも滅多に車が通ることがなく、だいたいの人は、赤信号でも、わりあい躊躇なく渡ってしまうよ…

こだわりのない人間

最初に入った会社の最終面接のことをよく覚えている。ある役員が発した質問で、 「他人が思うあなたの像と、あなたが思うあなたの像は、どのように異なっているか」 というのがあった。 そのときにどう答えたかは、実はまったく覚えていない。頭が真っ白だっ…

現実逃避

シャワーを浴びている時はなぜだか反省してしまう。「あんなコトあんな風に言うんじゃなかったな」とか、「はー、昨日洗濯しておけばよかった」等々。たぶん、うつむいて湯を浴びるから自然と姿勢が反省をうながすのだと思う。そういう時、たまに、「俺の人…

大人になる瞬間

あなたは、「大人になれよ」と言われたことがあるだろうか。私は、ある。それ以来、「大人」とは何か、何者なのかをよく考えている。 私は29歳で、いい大人だ。大人のなかでも、ルーキーとは言い難い。それでもまだ、自分の中に子供らしい部分があるのを感…

夢は名詞じゃなくていい

長い間感じていた違和感の正体がスッと理解できる、姿が見えることがある。私にとっては「ついさっき」がその瞬間だった。帰宅して手を洗い、テレビをつけて洗濯物を畳んでいるときに、「ああ、そういうことか」と得心がいったので、そのことを忘れないため…

数学と私 その3

3.別解と私 試験一週間前になると部活が休みになったので、そういう時、私はHRの教室に残って勉強をしていた。私のほかにもそういう生徒が何人かいたと思う。家では勉強できない人たちだ。ある日、一つの問題が私の手を止めた。 自分にとって大切な記憶は…

数学と私 その2

2.補講と私 塾では散々な思いをしたが、小学校で算数はだいたいできていた。宿題なんかも律義にやっていたし、通信簿も全部「よくできました」だった。 ところが受験して私立中学に入ると、周りが自分よりできる。その状況自体は、塾に通っていた時から慣…

数学と私 その1

1.算数と私 根性のない子供だった。今では信じられないが、幼稚園の頃はガリガリに痩せていて、かけっこなどはベベ、リレーなんかが大嫌いだった。自転車も、逆上がりも駄目で、要するに、「できるまでやってやろう」という気概がない、ひょろひょろした子…

「物理ボタン」という表現に衝撃を受けたのは私だけなのだろうか?

よく言われる話だけれど、もうビデオテープを見る人はほとんどいないらしい。DVDか、ブルーレイか、Youtubeか、そのへんで動画を見るのが普通になっている。それでも私たちは、ビデオとか、フィルムの名残で、「巻き戻す」という言葉を使う。もう巻かれたも…

実るほど……

実るほど 頭を垂れる 稲穂かな という言葉がある。すばらしい俳句であり、警句でもある。確かに稲穂は、実れば実るほど、中身が充実してくれば充実してくるほど頭が垂れてくる。それはいわば重力の影響であって、あくまで自然科学的に分析可能な現象にすぎな…

「己の欲せざる所は人に施す勿れ」という倫理について

この間遅い昼食を取りに松屋に入った。よく松屋へ行く。この夏は冷やしとろたまうどん+ミニ牛めしセット税込630円をよく食べている(夏に書き始めた文章だったので、今読むと寒い)。個人的に、バランスが良くて気に入っている(栄養バランスはひどそう…

変化するということ

去年は「SHISHAMO」というアーティストの「明日も」という唄を牛丼屋でずいぶん聴いた。去年の夏は自炊をする気力を完全に喪失していてよく牛丼屋に通っていたから、おそらく聴く機会がやたらと多かったのだろう。 そんなこともあって、邦楽プレイリストに「…

艱難汝を玉にす?

たとえば今私は、一週間以上休みなく働いたりすることがある。ただでさえ土曜日出勤なのだが、ときどき日曜も休めないこともあるのだ。しかしそれを特に苦痛だとも感じてないし、「クソ、休みたかったのになあ」とも思わない。必要だから働く、という意識で…

「苦手」のコペルニクス的転回

誰にでも苦手なことはある。私が苦手なもの、ブロッコリー、ダイエット、早起き、理科全般、会議、セカンドトロンボーンの楽譜、ドイツ語の格変化、地図を読むこと、etc,etc……。 あるいは苦手な人、みたいなのも、どうやらあるようだ。 私自身は、自分で言う…

真に創造的なこととは

クリエイティブという言葉が昔から体の中のどこかの部分に引っかかっているような感じがする。私はどうもそういう細かい、比較的どうでもいいことを多少気にする性質らしいのだが、とにかくクリエイティブ、という言葉を聞いたり読んだりすると、「これは一…

楽しむための訓練

小説や絵画や音楽といった芸術作品でも、スポーツをすることでも、スポーツの観戦でも、あるいは学問でも、はたまた人生そのものでも良いのだが、ものごとを「楽しむ」ということは、容易に思えて、案外そうでもないものである。ということを最近よく考える…

舛添氏の辞任から学べること

この間浅野史郎が「ひるおび!」で、舛添知事の辞任に関連して、「知事選のあり方が知事の質を左右する」というようなことを言っていた。文脈としては、舛添云々というよりかは、青島幸男が大した選挙戦もせずいわばクールに都知事になって、その結果任期途…

ジェネレーションギャップの本質

最近、あまり大層なことを考えなくなっている。短いけど、最近気づいて「おもしろいな」と思ったことを書いておきます。 高校生の生徒と話していて、どうもジェネレーションギャップというのを感じることがある。この間は、「カップルの写真つきツイートにど…

ミステリばかり読んでいる

とりとめのない話。このブログの最初の記事に、「人生は結局読んで書くということだ」みたいな偉そうなことを書いていたが、今でもそう思っている。ブログを始めた頃に比べると、仕事も住む場所も変わったけど、読書の傾向みたいなものもけっこう変わってき…

点と線

もう年始の気分などまったくないくらい日々に忙殺されているが、大晦日に数時間だけ実家に帰る機会があった。 といっても私の場合、実家から1キロほど離れたところに住んでいるので、帰ろうと思えば、毎日だって実家に帰られるのである。多くの人が言う「実…

繰り返すこと

今年の年末年始は忙しく過ごした。と、過去形で書いたのはつまり、明日からはもう仕事が始まってしまうので、いわゆる年始の休みが今日で終わってしまうのが理由だ。ただ、何というか、働くようになってからというもの、あまり年末年始が休みであることを意…

孤独という状態は人間にとって必要か?

人間は思考する生き物である。絶滅を免れ生き残ってきた生物には、それなりに論理的に説明できる様々な理由があるはずである。たとえば、極度の熱に耐える外皮を持っていたとか、酸素のない環境でも繁殖できたとか、そういった、後代から見て納得のできる理…

ひとつだけ自慢できること

私は人に自慢できることがあまりないのだけれど、ひとつだけ、ちょっとしたことだけれど、ある。 それは、十五歳の誕生日からずっと日記をつけているということだ。 ほぼ、毎日。 いまの日記帳は、去年の二月一日から使い始めた。 これは一月末まで使って、…

記憶について

ついこの間、駅のベンチに座って新聞を読んでいると、「本郷くん?」という声がした。紙面から顔を上げてみると、マスクをした美しい女が微笑んで立っていた。 小学校の同級生のMだった。彼女とは大学時代に何度か駅で顔を合わせたが、それでも三年ぶりくら…

書くということについて 2 だれかに当たります

私たちはアナロジーにまみれて生きている。今日もあなたは誰かと話すときに何かのアナロジーを使ったかもしれない。アナロジーを使えば、銀座のホステスを口説くこととナショナルクライアントから仕事を取ってくることは同じことになるし、新聞記者の仕事は…