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ゼロ なにもない自分に小さなイチを足していく 堀江貴文著

 
 いわゆる「ホリエモン」の新しい著作。
 私は普段、何をどう間違ってもビジネス書みたいなものに手を伸ばすことはない。ほぼ絶対にない。私のいうビジネス書というのは、なんだろう、仕事術とか、自分を変えるだとか、いわゆる自己啓発の類から、投資とか株の話の本まで。要は自分の関わりたくない領域なのである。(と言いつつ関わってしまっているのだけれど)
 ではなぜ私がこの本を手に取ったか。「結果的に言えば」これは私の定義で言うところのビジネス書では(たぶん)無かったのだが、私はビジネス書だと思っていた。それでも手に取ったのは、堀江貴文という人物に興味があったからだ。
 
 ホリエモンといえば、金の亡者というイメージがなくはない。なぜなら彼がマスメディアに登場した時、私は小学生だったから、マスメディアの言うことを結構真に受けていた部分もある。でも、その一方で、彼には好感を抱いていたこともまた事実である(別に金の亡者=悪者という純粋な構図で世界を眺めていたわけではない)。2つの理由がある。
 
 一つには、彼は私と同じ誕生日なのだ。これは極めて個人的な理由なので、あまり根拠としては強くない。(しかし人間の好き嫌いって個人的な理由による部分が大きいですよね)
 二つ目は、彼の言うことが案外正しいのではないかと子供ながらに思っていたから。それだけに、大学生になってホリエモンのアカウントをツイッターで見かけた時にはすぐにフォローした。詳しいことはわからない(彼の罪がどんなもので、それが虚罪なのかどうか)が、少なく見積もっても(推定無罪の原則)彼はメディアの報道被害者だし、また逆にメディアの利用者でもあった。
 
 この本の中で、共感を得た部分がいくつかある。多くのビジネスマンが、労働をお金に変えているのでなく、時間をお金に変えているという点。いやまったくそのとおりだなと思う。私はひとつの場所でしか働いたことがないが、彼の言うことは十分わかる。と、いうかこれは働く働かないという問題ではなくても十分に当てはまる。無駄な時間としか思えない慣習がこの世にはたくさんある。私たちは好むと好まざるに関わらず、時として時間を供物として要求されがちである。しかし私達はその中で社会化されているのだ。これは大きな問題ですよ、実際は。塵も積もれば山となる、だ。
 こういうのはもしかするとビジネス書では当たり前のテーゼなのかもしれないが、普段そういう書物を読まない私にとっては新鮮だった。それに、ホリエモンがこういうことを言っているとやはり妙に説得力がある。
 
 しかし、そこまでいい本か?とも思った。確かに堀江貴文という人間を知る上ではかなり重要な一冊なのだが(それゆえに私のような動機でこの本を手に取った人間は満足だろう)、自分の価値観や、人生を変えてしまうほどの示唆に富んだ本とは言い難い。まぁこのへんも受け手の感受性に依るところは大きいとは思いつつも。
 実際ホリエモンをフォローしている私のTLにはものすごい量のレビューが流れてくる。それらはもちろん好意的な書評だ。それをホリエモンがリツイートしているので私のTLにもそれらの書評が現れる。それらの書評は、「ものすごく」この本のことを称賛している。こんな本に出会ったのは運命、とでも言うような。
 私としては、そういう言葉はもっと別の本のためにとっておいたほうがいいよ、とそっと言いたい。フランス人はdélicieux(旨い、の最上級みたいな言葉)という言葉を人生で2,3回しか使わないのだと昔誰かが私に言った気がするが(たぶん嘘)、まぁそういうものだ。
 もちろん、人によって感じ方は違うので、これが人生の一冊、と言ってしまうのも構わない。しかし、ホリエモンにRTされたいがために、やたら激しく称賛してるんじゃねえの?と思ったりしてしまう。
 しかしRTされてくると、ふんふん、なかなかおもしろいんじゃないのか、この本は、と思ってしまう。ツイッターに流れてくる意見なんて、ごく一部のごく一部のそのまたごく一部の意見でしかないのに。ホリエモンはそれも織り込み済みでRTしているわけだ。そしてそれに引っかかったうちの一人が私であることは言うまでもない。