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音楽について

 私が大学生の時、しばらく日本を離れることになったことがある。私は大学のオーケストラに所属していたのだが、離れ離れになってしまう後輩たちのために、私なりに音楽について考えたことを書いた一冊のノートを残した。その中でもずいぶん音楽のことを書いたのだが、今でも、私の思索の中心にあるのは音楽である。職業的な意味ではなく、私は私のことを生粋の音楽家であると思っている。

 音楽というのは、とりわけオーケストラの音楽は、言語を伴わないことが多い。しかし、それでも、音楽というものは、何かを伝えようとするものである。人間は進化の過程で言語を獲得し、他の動物に比べて高度なコミュニケーションを取ることが可能になった。しかし私たちは音楽という、極めて抽象的で、非言語的な芸術を、むかしから大切にしてきた。それは何故だろうか?

 話は飛ぶが、言語があり、なおかつそれぞれの言語がある程度発達した(と思われる)現代であっても、私たちは「言葉にできない感情」というのを持っている。
「なんかこう、言葉では表せないんだよね」
 という経験は誰もが持っているだろう。しかし実際のところ、私たちが感じる感情の中で、最も極端なもの――すなわちとてつもない喜び、激しい怒り、深い悲しみ――は、どれもうまく言葉で表せないことの方が多いのではないか。
 
 音楽の場合、作曲家がまずそれを音にしてみる。次に演奏者がそれを解釈してみる。そして聴衆がそれを聴いて、「何か言葉に出来ないもの」を感じるわけである。中には言語化を好む聴衆もいるだろうが、音楽活動というのは本来的に極めて非言語的な営みなのだ。

 村上春樹は「良い音楽には影みたいなものがある」と言ったが、私たちはその影のようなものを求めているのである。光を得ることのないその影を感じることで、言外の何かを感じ取ることで、私たちは確実に何かを癒しているのだろう。これもやはり言葉にできない。