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書くということについて

 私は自分の音楽的才能に関しては多少の自信を持っている(それは過去の実績から来るものだ)が、文学的才能などというものは微塵も信頼していない(つまり実績が無いということだ)。いずれにせよ、何かをする時(楽器を演奏したり、小説を書いたり、あるいは仕事をしたり)は、虚勢であれ、実績に基づくものであれ、ある種の自信がなくては辛いものである。
 自信がなくても、その活動を支えうるものがあるとすれば、それは「好き」という感情に他ならない。下手の横好き、とは良く言ったものだ。下手と自覚しつつ続けられるのは実は既にひとつの才能だと思っている。
 前置きが長くなったが、私は書くということが好きだし、同じくらい読むということが好きだ。読むことに関しては次回に譲るとして、今回は書くという行為について考えてみたい。さて、書く、とは一体何だろうか?

 小学生の時、私たちは週に一回、短い作文を書いた。月に一度保護者向けに発行される学級通信には、生徒の書いた作文の中から、優れていると担任が判断した作品が三篇掲載されることになっていた。私の作文は担任の気に入ったらしく、割りと定期的に掲載されていたように思う。しかしある月、私の作文が三つのうち二つを占めるという事件が起こった。大変な依怙贔屓である。今手元にその作文がないのだが(たぶん家中の棚をひっくり返せば見つかるだろうが)、確かマンションのエレベーターが急停止した事件と、熱狂的な阪神タイガースファンのマンションの管理人について書いたものだったように思う。この時私は文章を書くということの面白さみたいなものをうっすらと感じたようだ。これが小学校四、五年の時の話だ。
 確かにその時代の私の作文は純粋な好奇心と子供らしい文体で、なかなかおもしろおかしかったようだが、六年生くらいになると何か難しいことを書こうとして、早い話、ウケ狙いまる見えの文章を書いていたことを覚えている。あとひとつ書き加えておくべきことは、私は小学校時代に何か本を読んだ覚えはない。通っていた塾で辻仁成のエッセイを断片的に読んだことだけ辛うじて覚えているくらいだ。

 中学生になると私は吹奏楽部に入り、音楽に出会った。私はまず非言語の芸術というものに魅せられたのである。
 しかし高校一年生の秋に立て続けに三つの事件が起こった。村上春樹の小説と出会ったことと、日記をつけはじめたことと、恋人ができたことである。この三つが無関係だとはあまり思えない。私は読むことと書くことを日常のものとして取り入れた。
 村上春樹との出会いはまったくの偶然だったが(これはまた別の機会に書いてみようと思う)、それまで小説というものに全く興味がなかった高校一年生の私に、新しい地平を拓いてくれた画期的なイベントだった。それから色んな小説家が私のヒーローになった。日記を読み返すと、その時々に影響を受けた作家の文体になっていることが少々こそばゆい。

 そしてやがて私は指揮活動を始める。指揮というのは、非言語的な芸術である音楽を、演奏者に対して、言語化なり身体化なりする作業であり、非言語のものを何とかして伝えようともがく行為である。難しいが面白い。当然歯がゆさもある。私はここに楽しさを見出した。

 実を言えば、書くということは、私にとっては指揮をすることに似ている。言葉にできるものを書くのが、書くという行為の目的ではないのである。言葉にならぬものを、それを読む人に届けたいから書くのである。実は、書かれたものは、そんなに大切ではないと思っている。楽譜と同じである。楽譜が表現したいこと、意味するもの、書かれたものの奥にある言葉にならない何か、それが人を変える力を持っているのである。