怪奇小説のマスターピース 夢野久作 瓶詰地獄

 

瓶詰の地獄 (角川文庫)

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瓶詰の地獄 (角川文庫)

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瓶詰地獄 (お風呂で読む文庫 21)

瓶詰地獄 (お風呂で読む文庫 21)

 
夢野久作全集〈8〉 (ちくま文庫)

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 何度も読み返してしまうような小説は、優れた小説と言うことができるのではないだろうか。読み返すと言ってもいろいろと種類がある。春が来るたびに読み返したくなる小説もあるし、旅行にはつい持って行ってしまう小説もある。
 その点、この『瓶詰地獄』は、ちょっと変わった読み返し方を強いられた小説だ。読み終えてすぐ読み返してしまったのである。いや、それはミステリを読む楽しみのひとつで、まあ、よくあることなのだ。麻耶雄嵩『蛍』乾くるみイニシエーション・ラブ』なんかはその代表的な例だろう。だが、それらの「読み返し」は「確認」のために読むのである。どこで騙されたのかを知るために。しかしこの『瓶詰地獄』は、何かを確認するためではなく、何かよく解らないんだけど読み返したくなる、読み返さずにはいられない、という、不思議な作品なのだ。
 これを読んだのは大学一年生の時だ。夕方のキャンパスをうろうろしていると、高校時代の女友達とばったり出くわした。彼女は国文学を専攻していた。大学生になった彼女はすこし化粧もし、服装も垢抜けていて、当時恋人のいなかった私は、どれ晩飯にでも誘おうかなどと考えていた。そういうわけで、話のきっかけとしてどういう勉強をしているのかまず彼女に尋ねると、「ちょっと図書館に行きましょう」ということになった。
 そこで彼女は、「授業で扱うの」と言って夢野久作全集のなかの一冊を渡してくれた。そして彼女の教授が指定していた作品が『瓶詰地獄』だった。私はそれまでその作家のことを知らなかった。「ちょっと読んでみて」と彼女は言い、私はそれを読んだのだが、結局何度も読み返す羽目になり、彼女を食事に誘うどころの話ではなくなってしまった。

 

 余談が長くなったが、話のあらすじである。
 いわゆる書簡対形式の短編小説で、まずはじめにみじかい公文書が示される。とある町の役場が発行した、海洋研究所宛の文書だ。三本のビール瓶が漂着していて、どれも封蠟されており、中に手紙が入っているので、何か研究の足しになればと思い送付いたします、という文書だ。そうして次からその三つの手紙の内容が記される。
 その三つの手紙を書いたのは、幼い兄妹である。乗っていた船が難破し、親と離ればなれになり、無人島に取り残されてしまったのだ。そこでの生活のことが手紙の中では綴られている。幸い島の気候は穏やかで、食物も豊富にあり、自然も美しく、極楽とも見える。死の恐怖に苛まれることなく兄妹は年を重ね、助けを待ちつつサバイバル生活を続けるが、その極楽は少しずつ「地獄」へと変貌していく……。
 例によって、核心部分を書くのは避けておこう。さてこのお話で興味深いのは、「聖書」というアイテムだ。兄妹はいくつかの道具とともに島へ流されてしまった訳だが、その中に聖書があった。兄妹はその聖書だけをたよりにして、文字を勉強し、また信仰を獲得していく。この要素が「地獄」あるいは、明言は避けるが、二人の「罪」を引き立てる役割をしている。まことに見事なコントラストと言えるだろう。

 

 というわけで、私はこの小説を読んですぐまた読み、唸りながらもう一度読んだ。解せない点もあった。それは手紙の順番だった。一応、三つの手紙が順番に記されているのだが、さてその書かれた順番はどうなのか、それを考えるのもこの小説を読む上での楽しみ方だと思う。謎があったほうが読書はおもしろくなる。
 通りで美しい人とすれ違った時、間髪入れず二度見してしまうように、あなたはこの小説を二度読みしてしまうことだろう。夢野久作の、いや、怪奇小説のマスターピースであるといって間違いはない。いきなり怪作『ドグラ・マグラ』に挑戦し挫折した方や、「なんか頭おかしくなるって言うから怖くて読めない」という方は、ぜひ一度この『瓶詰地獄』を手に取ってほしい。夢野久作の傑作短編であるとともに、最適な入門書と言えるかもしれない。