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記憶について

 

 ついこの間、駅のベンチに座って新聞を読んでいると、「本郷くん?」という声がした。紙面から顔を上げてみると、マスクをした美しい女が微笑んで立っていた。
 小学校の同級生のMだった。彼女とは大学時代に何度か駅で顔を合わせたが、それでも三年ぶりくらいの再会だった。それはありきたりな平日の、少し遅めの朝だったが、Mは小さめのスーツケースを曳いていた。
「これから台湾に行くの」と彼女は言った。「お母さんと一緒に。ちょっとだけ休みが取れたから」
 するとMの母親が後ろからやってきた。母親の方と会うのは、Mの小学校のときのお誕生日会以来だから、下手をすれば二十年ぶりくらいだったかもしれない。ご無沙汰しております、と通り一遍の挨拶を交わしたあとで、Mの母親がこう言った。
「あの、本郷くんの伴奏してた子、元気なのかしら?」
 ん? と思った。伴奏? 何のことだろう。
 私は中高時代、トロンボーンという楽器をやっていたのだが、ピアノ伴奏を付けてソロコンテストに出たことがある。それのことを言っているのだろうか? 
 しかし、なぜMの母親がそんなことを知っているのだろう? そして今話題にしているのだろう?
 それが解らずに戸惑っていたのだが、記憶の糸を手繰り寄せていくと、中学三年生の時に伴奏をしてくれたKという同級生の名前に行き着いた。
 そうだ、Kは昔、ピアノ教師であるMの母親のもとに、週に一回ピアノを習いに行っていたのだ。
 ここでようやく話が繋がり、Kは今東京で働いています、と答えることができた。私たちはそのあと近所の話などをしてから、別々の電車に乗って目的地へと向かった。

 ひとりで電車に乗った時に、妙な懐かしさがこみ上げてきた。何せ、KがMの母親のもとにピアノを習いに行っていたなどという情報は、今から十年も前に聞いたものだったからだ。記憶の古い層に埋もれていた話が掘り起こされて、何とも言えない気持ちになった。
 しかし次に、この懐かしさは、果たしてMの母親も同様に感じたものなのかどうかという疑問が湧いてきた。
 私にとってその話は、言われるまで思い出す事のできない種類のものだった。それはMの母親を前にしてもそうだった。つまり、Mの母親にタグ付けされていない、古い古い「おはなし」だったわけである。
 Mの母親にしてみれば、その「おはなし」が本郷聡という人物にとっての最新の情報だったのではないだろうか。Mと私は近所に住んでいるとはいえ、別々の中学に進んで以来、偶然に会うくらいしか接触の機会がない。Mの母親からすれば、中学三年の時に、私が共演した人が実は共通の知人だったという情報は、それなりにインパクトのある話として記憶されていたのだろう。当時中三の私にとっては「へーふうんそうなんだ」程度のインパクトであったのに対して。
 だから私を前にして、その話が出て来た。私の方が圧倒的に若いにも関わらず、彼女のほうがきちんと話を引っ張り出して来れたわけだ。

 そこまで想像してみると、もしかしたら私という人物は、あらゆる人間の記憶の層の中に、古い姿のまま留まり続けているのかもしれないと思った。多分、その姿を抱えたまま、アップデートされることなく死んで行く人もいるのだろう。たとえば幼稚園の時の、小学校の時の先生はどうだろうか。子どもの時の私の姿を脳裏に刻んだままこの世を去って行くのではないか。あるいはすでにそんな姿は忘却の彼方にあるか?
 そう思うと、少し寂しくもあるのだが、この数分間の出来事は私にひとつの事実を思い出させてくれた。

 そう、私たちは、記憶する主体だが、記憶されてもいるのだ。

 どんな姿かは解らない。あたり前のことだが、忘れがちなことでもある。誰かに記憶されているということは、小さなことではあるかもしれないけれど、生きる上での励みのようなものにはなるかもしれない。