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小説好きのための中編小説集 中山可穂著 「弱法師」

 明けましておめでとうございます。気がつけば2015年。年をとるたびに、一年一年が短くなっていくような気がしている。手帳についている新しい年のカレンダーを眺めてみると、案外一年というのは短いなと思い、すこし溜息をついてしまう。

 さて、正月というのは一年の抱負を考えるのに絶好の機会だ。わたし自身、あまりそういうものを考えたことがないのだけれど、今年は結構明確にそれがある。そのひとつが、中山可穂さんの作品を全部読むということであり、全部をこのブログで紹介するということである。

 先日、小説を書く友人と会って話していたのだが、その人がこんなことを言った。

 

「ある作家のことが好きだというのなら、その作家の作品はすべて読んでいなくてはならない」

 

 確かにその通りかもしれないと思った。そのルールを厳密に自分に課してみると、わたしが本当に「好き」といえる作家は今のところ村上春樹だけになってしまう。わたしは中山可穂の作品がとても好きだ。ならすべて読まなければならない。そういうわけで、これが今年の抱負、というか目標のひとつ。

 

 中山可穂は寡作、ということになってしまうかもしれないが、わたしはすでに大部分の小説を読み終えてしまっている。そしてもし人に「中山可穂の作品を読むならどれからはじめたらいい?」と訊かれたら、間髪入れずこの中編小説集の名を挙げる。

 

 

 

 

 この本と出会ったのは、ほんの一年ほどまえのことである。

 中山可穂という名前自体は、高校生の時に知った。その時わたしは二つ年上の女性と付き合っていたのだが、彼女は大学生で、日本文学を専攻していた。同じ部活の先輩だった。

「ナカヤマカホっていう名前の小説家がいるらしい」

 と彼女は言った。実は、部活の後輩にナカヤマカホという名前の部員がいたのだ。同姓同名。それだけ。どんな作家なのかまったく知らず、わたしは「ジゴロ」という小説を読んだ。しかしわかったことはどうやらレズビアンの小説らしく、作者もレズビアンであるらしいということだけだった。高校生のわたしにはあまりぴんとこない小説で、途中で読むのをあきらめてしまった。

 それから数年が経ち、古本屋で百円で叩き売られている「弱法師」に出会ったのだ。

 そこでわたしは、何ともったいないことをしたのだと激しく後悔した。

 こんなに素晴らしい小説を書く作家の本を一冊も読みきらなかった高校時代の自分を呪った。しかし、人間、年を取らなければわからない良さというものがあるのだ。

 

 なぜわたしが中山可穂の小説をこれから読もうという人にこの作品を勧めるかといえば、それはこの本が、レズビアンの恋愛という中山可穂のある意味専売特許的なモチーフから離れたところで書かれた作品だからである。人によっては、同性愛というもの自体を嫌悪するかもしれない。そういう反応をわたしはとくべつ否定したいとは思わない。ただわたしが強く主張したいことは、中山可穂は同性愛の恋愛小説の書き手ではなくて、恋愛小説の書き手なのであるということだ。それも非常に強烈で、読み手の奥深くまで届く力を持った物語を紡ぐ極めて個性的な書き手であるということを知ってもらいたいのだ。

 

「弱法師」(よろぼし)に収録された三つの作品は、どれも能を題材としている。三島由紀夫を読む方であれば、「弱法師」というタイトルでぴんときているはずだ。

 三作とも素晴らしい密度を持った小説なのだが、記事のタイトルを「小説好きの」とした通り、強くお勧めしたいのは二作目の「卒塔婆小町」である。この物語には二人の小説家と女性編集者が登場する。このブログをご覧の方には小説を書くという方もおられるだろうから、文章を書くということ、小説というものの持つ魅力について日々考えている人には確実に刺さる作品であるということを申し上げておきたい。少しだけ引用してみよう。

 

胃の腑におさまったそのあとで、野生の鹿が優雅に目の前を行き過ぎていくような静かで深い後味がやってくる。

 

まるで新進気鋭という言葉を夕暮れの淡い光に溶かして体ぜんたいにさりげなく纏っているみたいだった。

 

自分は男を愛せない女なのだと、求めているのは男ではなく女なのだと、それだけは口が裂けても言えるはずがない。求めても得られないものはいつしか求めなくなるものだ。わたしはこうして諦めてきたのだ。愛という言葉を自分の辞書から葬ってきたのだ。そうして独りで生きることに決めたのだ。

 

 

 いずれも「卒塔婆小町」からの引用である。

 中山可穂の魅力はいくつもあるが、もしひとつ挙げろと言われたら、わたしはやはり文章の高潔さ、美しさ、その典雅を褒め称えるだろう。決して格調高い文章ではない。おそろしく読みやすい文章だ。それなのに、ひとつひとつの言葉が限界まで研ぎ澄まされていて、確実に胸に刺さってくる。無駄なところがない。それでいて滋味にあふれている。

 

 中山可穂の世間的な評価をわたしは詳しく知らないが、恋愛小説の書き手として現代最高であることは間違いないと思う。恋をしない人はいない。それならば、あなたは読むべきだ。この小説家を知らずに死んでいくのはあまりにももったいない。まずは「弱法師」からこの小説家の世界に足を踏み入れて欲しい。