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幸せは自分の中にある 長野正毅著 『励ます力』

 

 

 

 たとえば野球の世界には、イチローというスターがいる。どちらかといえば孤高の天才といったイメージのあるイチローだが、彼に憧れる同業者―—つまりは野球選手だが―—は多く存在するのだろう。たとえば川崎宗則という選手は、イチローに憧れる選手のなかでも、ひとつ飛び抜けた印象があるだろう。イチローを語る川崎の顔には、まさに野球少年のような純粋さがある。

 

 

 今回紹介する本、『励ます力』という本の著者は、長野正毅という人だ。Z会進学教室の渋谷教室長をしておられる方で、私と同業の方である。塾の規模も、スタイルも、もちろん教室長としての経験も私と全く違うのだが、私も教室長という仕事をしているということもあり、今回、この本を手に取った。

 

 

 私は、いわば川崎宗則イチローに憧れるように、この長野先生に憧れを抱いている。

 

 ただし、同業としての憧れではない。

 

 長野先生の書く文章に憧れを抱いている。

 

 そもそも私が長野先生のことを知ったのは、本書のもととなったブログ「長野先生の幸せに生きるヒント」を読む機会があったからだ。

 

www.zkaiblog.com

 

 一応、私は毎日塾や教育に関するウェブサイトをチェックしている。その中でたまたまこのブログを発見したのだ。

 

 流麗というのでもないし、決然としたところがあるわけでもない。

 多くの塾のブログが、生徒や教室のことを生き生きと綴っているのに対し、長野先生のブログは、ひときわ異彩を放っていた。身辺雑記のようでありながら、さりげなく、まさにヒントが散りばめられている。教育というものについて。また人生というものについて。

 

 しかし、文章に憧れているということがすなわち、そのような文章を書きたいというわけではない。というより、書けない。それでも、この人が書く文章の奥にある優しさや疲れを、理解したいという想いにさせられる。それを理解しようと想う過程で、たくさんのことを知らず知らずのうちに考えている。

 おそらく、この本を、つまり「幸せの黄色い本」を手に取った読者の方々は、その様に感じているのではないだろうか。

 

『励ます力』では、勉強法の話もあれば、子供との接し方についての考えもあり、また人生論もある。そのどれもに通底しているメッセージは、「幸せは自分の中にある」ということだ。

 

 長野先生は、たとえば毎日健康に過ごせることも幸せのひとつではないかと書く。それ自体はある意味、どこでも言い古されてきたことであるように思える。いかにも「先生」が言いそうなことである。何なら、私も中学生だか高校生の時に、担任の「先生」が言ったのを聞いたことがあるような気がする。いや、それ以前に、私自身が日々子供たちに言っているような気がする。とても説教臭く。「毎日ごはんを作ってくれる人がいて、学校に行けば友達がいるっていうのは、とても幸せなことなんだよ」といった具合に。

 

 

 ただ、長野先生の文体で語られると、どうもあの「先生」特有の説教臭さがない。読者と先生の間に教壇がない。それは、先生の文体が、「先生」の文体とはずいぶん異なっているからだろうと思う。

 

 生徒は「わからない」と言う。でも、私は「答えは君の中にある」という時がある。専門的に言えば、「チャンクを解く」ということになるのかもしれないが、実際、「わからない」というのは、「見つからない」という意味であることが多い。幸せもまた、同じようなことなのかもしれない。少し目を瞑って、深呼吸をして、澄んだ瞳を開いて心の泉を見渡せば、きらりと光る何かが見えるのかもしれない。

 

 

 野球の話に戻ると、かつての名選手である掛布雅之は、サインを求められたら、色紙に「いつもあこがれ」と書くそうである。私にとってみれば、ある種の文章に憧れを抱くこと、好きな文章を書く人のリストを長く長くしていくことが、ひとつの幸せなのである。