独りで酒を飲んでいるとき

 

 二十五歳を過ぎた頃から独りで酒を飲みに行くようになった。純粋にひとりだ。当然ナンパなどしないし、マスターとも喋らないし、隣席と仲良くなることもない。ただ、独りで酒を飲み、つまみを食べ、そしてここが重要なのだが、本を読む。


 
 行儀が良くないことは百も承知だが、私はそうやって本を読むのがたまらなく好きだ。この方法が、読書という行為に一番没入できる。辺りはひどくやかましい。一般に、読書に適している環境のイメージとはかけ離れている場所で、私は活字の世界にひとり入り浸っている。

 

 酒というのは普通、コミュニケーションツールだと思われている。友人、恋人、上司、あるいは見知らぬ誰かとも、酒の力があれば仲良くなったりできる。そのような効能があると、多くの人は思っているだろうし、私自身もそう考えている。その論理を敷衍していけば、酒で、自分とだって仲良くなれるはずなのだ。

 

 以前、本を読むということは、自分自身との対話であるという、簡単な定義を書いたことがある(読むということについて - BANANA BOOK)。この定義に従うと、私は、私と語り合うために酒を飲みに行っているのだ。自分のことがよくわからなくなる日もある。自分を労ってやりたくなる日もある。そういう時に、私は独りで酒を飲みたくなる。

 

 この間、友人と寿司屋に行った。その店はカウンターが緩い三角形のような形になっているので、職人の手さばきはもちろんだが、他の客の様子も良く見える。友人と喋りながら寿司をつまんでいると、ほとんど満員の店内で、独り酒を飲み、文庫本を読んでいる男の姿が目に入った。心の中で私は、「あなたのその幸せ、私も知っていますよ」と呟いたのだった。