2017年に読んだ本

 

 平成三十年になった。私は平成元年生まれだから、平成の時の流れとともに成長してきたのだが、意外な形で平成が終わることになった。心がまえができるという点では良いのだが、もう自分がひとつ古い元号の時代の人間になると解っているというのは、少し複雑な気分だ。

 

 さて、表題にある通り、2017年に読んだ本をざっと紹介しておきたい。合計、30冊の本を読んだらしい。あまり多くはないが、夏~秋にかけて色々とごたごたしていたので仕方ない。今年は月3冊ほどは読みたいと思っている。

 

 

 

1.そして誰もいなくなった アガサ・クリスティ

 

 ミステリの名著中の名著だが、これまで未読だった。犯人は意外と言えば意外。トリックとか犯人当てというよりかは、お話が面白かった。

 

2.日本会議の研究 菅野完著

 

 

 日本会議という組織の存在は知っていたが、イメージは沸かなかった。この本を読んで多少内容が見えた。この組織が、「地道な」努力で政権に食い込んでいったという点が興味深い。非民主的なテーゼを掲げる団体が極めて民主的な活動で勢力を拡大していったという逆説は、笑い話にできそうにない。

 

3.清沢洌評論集

 

satoshi-hongo.hatenadiary.com

 

 こちらで紹介したので割愛。

 

4.チャイコフスキイ 森田稔著

 

 

 チャイコフスキーの「くるみ割り人形」を振る機会があったので、勉強のために読んだ。チャイコフスキーの時代、音楽は有害な遊びから若者を救うと思われていたという記述が興味深かった。あとは、チャイコフスキーが指揮者としてのマーラーを「天才的」と評していたという部分も良かったですね。

 

5.チャイコフスキー エヴェレット・ヘルム著 許光俊

 

 

 引き続きチャイコフスキーの伝記。ストラヴィンスキーの証言がいろいろと面白い。ストラヴィンスキーチャイコフスキーを評して曰く、「チャイコフスキーは旋律を生み出す偉大な才能を持っていて、どの作品の場合でも重心のような位置にある」

 

6.モンスターマザー 長野・丸子実業「いじめ自殺事件」教師たちの闘い 福田ますみ著

 

 

 怪作。読んでいると、自分の常識みたいなものがどんどん揺さぶられてくる。真実というものの難しさを実感する。学校における加害―被害の構図というものがふつう、教師が加害者で、子供が被害者と思いがちなので、それを反転させたような例が出てくると一種の痙攣が起きるのだと思う。

 

7.騎士団長殺し 村上春樹

 

 

 村上春樹の作品はいままで全部読んできているが、新しい印象を持った。メタファーというものがあくまで作品内部に包含されている、というのが今までの作品を通じた印象だったが、今作においてはメタファーが前面に出てきている。「むき出し」という感じ。これまで以上に抽象的な物語である。最後まで読んで初めて面白いと思った。そういう小説は村上春樹にあまりなかったと思うのだけれど。

 

8.アウシュヴィッツ収容所 ルドルフ・ヘス

 

 

 アウシュヴィッツには子供の頃から関心を持っていて、学生の頃には実際に足を運んだりもした。所長であるヘスの自伝。何よりも彼が自ら進んでこの内容を語ったという事実が恐ろしい。水晶の夜にあたって、ヘスが、「ユダヤ教会に火が”おこり”」と書いている点にすべてが集約されているだろう。ナチスみたいなものが出てきたら、逃げろ、というのが現代における結論なのではないのだろうか。

 

9.兄の殺人者 D.M.ディヴァイン著

 

 

 ディヴァインは2冊め。しっくり来た。冒頭の霧、それからクロスワードパズルといった比喩も非常にすぐれている物語。ラストも、どんでん返しもよい。若干だが殊能将之的な雰囲気もあり、好み。しかし犯人を当てるのは難しい。

 

10.歴代天皇125代総覧 歴史読本編集部

 

 

 こういうのを一冊持っておくと何かと便利である。歴代天皇の事跡がコンパクトにまとめられていて、読みやすくて良かった。

 

11.エマニュエル・トッドで読み解く世界史の深層 鹿島茂

 

 

 トッドの理論はおさえておきたいなと思って読んだ。前半がトッドの理論、後半は鹿島茂のエッセイといった感じの本。女性の識字率が上がると出産が減じていくという分析は面白かった。

 

12.憎悪の化石 鮎川哲也

 

 

 はじめて鮎川哲也を読んだ。ああ本格だ、という感じ。鬼貫警部がなかなか出てこないので心配になった。これが醍醐味なのだ。

 

13.人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊 井上智洋著

 

 

「2045年問題」という本を数年前に読んだが、どうもシンギュラリティ(技術的特異点)は早まっているらしい。本筋よりも、あとがきのバタイユの引用がよかった。バタイユは、役に立つか立たないかという価値観に関わらず、価値があることを「至高性」と表現したのだった。有用性ばかりを云々している人は、「詩を知らないし、栄誉を知らない。こうした人間からみると太陽は、カロリー源にすぎない」

 

14.零の発見 数学の生い立ち 吉田洋一著

 

 

 ギリシア人が話し言葉を愛した理由は、「書かれた言葉は生きた命ある言葉の単なる模像、単なる影法師にすぎない」とのこと。

 

15.情報なき国家の悲劇 大本営参謀の情報戦記 堀栄三著

 

 

 夏に、何となく戦争ものが読みたくなって読んだ。敗戦国に生まれたことの利点は、教訓みたいなもの、生きた(というか死んだ)教材が山ほどあるということだろう。敗北から学ぶことは実に多い。しかし、陸軍学校には、「敗戦の戦訓」という講義は存在しなかったそうだ。

 

16.「南京事件」を調査せよ 清水潔

 

 

 恥ずかしながら清水潔さんの仕事を今まで知らなかった。何となく、名前が清沢洌に似ている。ノンフィクションである。興味深いのは、南京事件は「あった」という立場の本であるにも関わらず、事件の主体である大日本帝国(=加害者)と自己の同一性を、この筆者は引き受けているという点である。日本軍の加害行為を認めるという立場を、現代の日本人が取る場合、過去の日本と現在の日本(=私)との間には断絶があり、その断絶のために加害を認めうる、という論調が多いように感じていたし、私もどちらかといえばそのような感覚を持っていた。筆者もはじめそうだったようだ。しかし取材を進めるにつれ、心境が変化してゆく。この本の読みどころは、そんなところにある。

 

17.桶川ストーカー殺人事件 遺言 清水潔

 

 

 16.で清水潔さんの仕事に興味を持ち、代表作であるこちらを読んだ。問題意識を要約すると、警察組織の腐敗と、記者クラブの存在である。そういう意味では、浅野健一が訴え続けていることと重なってくる。取材の内容を文章にしただけでなく、筆者の取材の経緯が細かく記されているところが非常に読み応えがある。

 

18.でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相 福田ますみ著

 

 

「モンスターマザー」の著者。その時も「本当にこれが真実なのか」と自分の理性を懐疑したが、本書の構造もそれに近い。今回はマスメディアの痙攣状態について詳しく書かれている。強烈な「個」が集団を破壊してしまうことがあるということを覚えておかなければならない。

 

19.日航123便墜落の新事実 青山透子著

 

 

 仮にこの本に書かれていることが真実だとすれば、何が恐ろしいかというと、ミサイルの誤射で飛行機が墜落したということよりも、そのことを30年以上も隠し続けているということのほうがはるかに恐ろしいだろう。

 

20.ゲンロン0 観光客の哲学 東浩紀

 

 

 東浩紀さんの本はなるべく読むようにしている。人間には多分、読むべきものを読むという本能みたいなものがあるのだと思う。腹が減ったら飯を食うとか、そういうレベルの話だ。だから本屋がある。短くまとめると、東さんが言いたいことは、ある種のランダム性に関することがらなのだろうなというのが、読後の印象である。偶然を導入することで、人間の経験は豊かになり、社会は健全になる、というとお気楽な感じだが、その偶然を導入するために、観光という概念が現れる。そのこと自体は道徳的に語られてきたことなのだろうが、東氏の議論は、どちらかといえば政治哲学における観光である。その表現としてグラフ理論、「つなぎかえ」の話が出て来る。これが一番おもしろかった。

 

21.裁判所の正体 瀬木比呂志 清水潔

 

 

 裁判というものは、どうしようもなくリアルなもので、我々の生活に非常に強く結びついているはずなのだが、どうも、その正体がわかりづらいものである。本書は別に「啓蒙」のために書かれたのではない。清水氏の問題意識と瀬木氏の問題意識に共通しているのが、日本の問題の根源にあるのは裁判所である、という点だ。そのことを巡って話が展開される。

 

22.謎の大王 継体天皇 水谷千秋著

 

 

 謎の多い天皇である。私の地元で即位したというから昔から親近感がある。継体天皇が異例であったから、政治的に利用され、また万世一系の観点からは排除されもした。そういったことから「謎」とされているのだろうが、案外、まともな政治家だったのかもしれないなあと思った。しかし、そういう謎が想像力を掻き立てるということは、たしかにある。

 

23.殺人犯はそこにいる 隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件 清水潔

 

 

 冤罪、権力の腐敗、そういったものについて知らないよりも、知っている方が幸せだというのが私の立場だ。もちろん、別の立場もあるだろう。このへんのことは、人間を見る上で重要な一つのポイントになると思っている。本書でとくに興味深いのは、DNA型鑑定の正確性に関する疑義であり、その疑問が非常に丁寧に解説されているという点である。科学は(いまのところ)万能ではないということを、知るべきなのだろう。

 

24.フェルマーの最終定理 サイモン・シン

 

 

”数学者はただ、間違ったことを口にするのがいやなだけだ”

 

25.わたし、ガンです ある精神科医の耐病記 頼藤和寛著

 

 

 人生観か、あるいはそれに類したことを書いている本というのは沢山あるのだが、心の底からうなずけるような文章に出会うことは稀である。しかし、この本の著者の語ることにはいちいちうなずいてしまった。しかし、それは知的に理解しているというだけの話で、身をもって実感するのはもう少し先の話なのだろう(というか、先であってほしい)。

 

26.Black Box  伊藤詩織著

 

 著者の伊藤詩織さんとたぶん同い年で、ジャーナリズム志望(私の場合過去形だが)という点で共通しているので、やはり読んだ。刑罰に抑止効果があるというのなら、この容疑者を捕まえるべきなのだろうが、それもできない。これでは被害者が浮かばれない。こうなると天罰に期待するしかないのが現在のこの国のようである。そういった不条理をひとつずつ潰していかないことには、未来がなさそうだ。

 

27.「空気」の研究 山本七平

 

 

 学生時分に読むべき本だったのだろうが、今からでも遅くはない。日本における「空気」がなぜ絶大な権威を振るっているのかを分析した本だが、個人的に一番面白かったのは、周恩来田中角栄に言ったとされる言葉、「言必果、行必果」(これすなわち小人なり)のくだりである。「この言葉くらい見事な日本人論もない」と山本氏が言っているが、その通りだと思う。臨在感的把握の対象を勝手に取り替え、勝手に忖度してしまう我々日本人の、島国根性的みみっちさが、大陸の人間にははっきりと見えていたのだろう。「死の臨在」、これについては、たとえば、村上春樹の「ノルウェイの森」なんかは、まさに空気的な小説と言えるのかもしれない。

 

28.吹奏楽の神様 屋比久勲を見つめて 山崎正彦著

 

 

 屋比久勲という名前は知っていたが、どんな人なのか知らなかった。「要求は一流でなくてはならない」という先生の言葉が、一番納得したところである。一流とは何か。結局は、音色ということになるのだろう。音色を妥協しない。そこが肝要なのだ。

 

29.騙されてたまるか 調査報道の裏側 清水潔

 

 

「はじめに」を読んだだけで、思いついたことがあった。筆者は伝聞が嫌いだという。だまされてはいけないという。国民一人ひとりがそういう意識を持つためにはどうすればよいか。いわゆるメディア・リテラシーの問題だが、私は「日記」(jounal)が肝心だと思っている。かつて鶴見俊輔が、日本人というのは私的な記録を大事にし、そこに日本的ジャーナリズムの復活のチャンスがあるということを書いていたが、それは「送り手」のジャーナリズムではなく、「受け手」のジャーナリズムなのだろう。メディア・リテラシーを鍛える最もよい手段が、日記をつけることなのではないだろうか。自分自身を検証する、検証可能にするために、日記をつけるということが、情報に対するセンスを養うことになるのではないだろうか。

 

30.無限の果てに何があるか 現代数学への招待 足立恒雄著

 

 

 定期的に数学の本を読むことにしている。今回は「無限」というところに気持ちが少しあり、読み始めたが、内容的にはそれほど無限に関係がなく……というか、数学のすべてが無限にまつわるものである以上、この表現は正しくないのかもしれない。論理的に矛盾しなければ、それは存在する、というふうに考えられるかどうかが、数学のセンスの分かれ目らしい。

 

 

 

 とまあ、こんな具合である。よい年にしたいですね。