日記を読み返しているとき



 SNS全盛の現在にあって、わざわざ紙の帳面にペンで日記などを書きつけている人は、あまりいない。Twitterもある種の日記だし、利用する人が多くいるということは、人間には、何か根本的に、自分の生活や、その時々思ったり感じたりしたことを、何らかの形で残しておきたいと云う欲求が備わっているとさえ思える。


 私は十六歳の時から日記をつけている。紙の帳面にペンで書いている。誰かにすすめられたわけでもない。ふと書き始めた。といっても、かなり大雑把なもので、十日空いたりすることもある。それでもフラフラと十二年も続いている。これを書くこと自体の楽しみは、ない。ほとんど習慣になってしまっているからだ。歯を磨いたり、トイレットペーパーを交換することにとくべつな感興を抱かないのと同じだ。書いた日は、書かなかった日に比べて、心の余裕を感じて、少々気分が良くなるという程度のものだ。


 日記は何といっても読み返すものじゃないかと思う。抜群に面白い。よく、ラブレターは一晩寝かせて、書き直した方がよいと言う。とんでもないことを書いてしまうからだ。日記などは何の遠慮もなく夜の深い時間に書くものだから、おおむね酷い内容になる(いや、性格の問題か?)。


 ハッキリ言って、極上のエンタテインメントである。笑いあり、涙あり、当然なつかしさあり。十年前の一日がほんとうに蘇ってくる。ただし、である。完全に自分専用で、他人にとっては恐らく、これほど退屈な読み物もない。


 でも日記だからそれでいいのである。純粋な自己満足のために書かれた文章だけが持つ完璧な力みたいなものがあって、読むとすごく前向きになる。「馬鹿だなあ」と昔の自分を微笑んでいる時間というのも、たとえようもなく幸福である。