好きな音楽を聴いているとき

 

 

 私の友人に西田くんというのがいる。中1のときからの友人だから、もうかれこれ17年くらいの付き合いになる。人生の半分以上というわけで、大した時間である。彼は、今ブリュッセルクラシック・ギターを専門に学んでいて、プロの演奏家を目指している人間なのだが、高校のときはずいぶんムチャクチャな人間だった。中学のときはもっと大変だったのだが、それはさて措くとして、高1か高2のとき、あまりよく憶えていないが、彼はひどい失恋をした。そのとき、彼は私に電話をかけてきた。今、大阪環状線のどこかの駅に居て、線路に飛び込もうと思った、けどやめた、俺には音楽があるから、音楽は裏切らないから、と。

 

 

 音楽は裏切らない。名言である。西田くんはその生き方からして尊敬に値する友人なのだが、私にとって何より、この一言を紡いだということで、彼はこの世界における意味を自ら証明したように思う。誰でも辿り着ける境地ではない。私は人生のいろんな場面でこの言葉を思い返してきたが、これに勝る名言はなく、何かがうまくいかないとき、いつもこの言葉に助けられてきた。

 

 

 もちろん、この言葉に含意されているのは、「人は裏切る」というテーゼである。西田くんの失恋にどのような裏切りがあったのか、果たしてそれを裏切りと呼べるのか、については議論の余地がありそうだが、ひとまず、それより、アンパンマンの話をしよう。「アンパンマンたいそう」という歌があるのだが、二番にこんな歌詞がある。

 

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   だいじなもの 忘れて

   べそかきそに なったら

   好きな人と  好きな人と

   手をつなごう

 

   作詞:やなせ・たかし

 

 

 泣きそうになったときに、好きな人と手をつなぐことができたら、どんな気持ちになるか、どれほどの慈しみがあるか、どれほど幸福か、そんなことは私も知っている。しかし、好きな人の手がいつもすぐそばにあるとは限らない。手をつなげるとは限らない。

 

 

 しかし音楽はいつもそこにあって、私の手を拒むことはない。私は、西田くんの名言をこんな風に解釈している。好きな人と手をつなぐように音楽を聴くことができたら、それはとても素敵なことだと思う。