世界を知覚する方法について

今井むつみという心理学者が書いた、「ことばと思考」(岩波新書)を読んだ。昨年度の読書テーマは、「日本」だった。 と言っておきながら、この本は、日本語についての本ではなく、さまざまな言語を比較検討した本だが、日本語話者であるところの私は、やは…

音楽と語学

大学生の時、新町ではイタリア語の授業をやっているらしいということで、興味本位で取っていた。何やかんやで二、三年くらいはお世話になったと思うが、動詞の活用なんかはほとんど忘れてしまった。いま、聞き取ったり喋ったりはとてもできないけれど、文章…

使い切るとき

物事にはすべて始まりと終わりがある。当たり前のことだ。終わりは、必ずしもすべて哀しみで縁取られているわけではない。終わりを迎えるということが、それ自体が幸福になるということもある。 モノを使い切るということの幸福を知っているだろうか。私の日…

同志社高校管弦楽部(DJS)のみなさんへ

本来であればこの土日は「くるみ割り人形」の合奏をやっているはずでした。3月22日に行われるはずだった演奏会が中止になったことで、悔しい思いをしている人はたくさんいると思いますが、私もその一人です。特に、これが高校生活を締めくくる演奏会になるは…

王道なき時代

www.famitsu.com www.sankei.com 小学生の頃、ファイナルファンタジー7というゲームににハマっていた。当時すでに、「少し昔」のゲームだったのだが、なぜか小学校のクラス内で爆発的に流行し、毎日活発に情報交換が行われていた。いま考えると、小学校のク…

2019年に読んだ本

あけましておめでとうございます。2020年もよろしくお願いします。 年も明けたので、2019年に読んだ本を振り返っておきたい。2017年は30冊、2018年も30冊だったわけだが、2019年は38冊の本を読んだ。一年を過ごしているうちはそんなに読んだ感覚がなかったの…

意味がやってくる速度

この間まで30歳が目前だったのに、30歳になってしまった。どうにも、「3」という数字が自分に馴染んで来ない。十年の区切りとはそういうものなのかもしれない。 ところで、30歳になっても、知らない言葉はいくらでもある。この間、川上弘美の「神様」…

needとwant

言葉がいつもヒントになる。私たちはそういう話ばかりしている。年に一度しか会わない種類の友人がいる。ユズルくんはそういう友人だ。かなり特殊な友人だ。特殊というのは、年に一度会うから、という意味ではない。彼とは留学先のフランスで出会った。寮で…

「役に立つ」病

おそらく多くの大人と比べて私は暇でぼんやりしている方だから、たまに物凄く漠然としたことを考えてしまう時がある。ここ最近考えていることは、「知る」というのはどういうことなのだろう、ということだ。 私たちは、「知る」ということについて、「役に立…

アイデンティティのフラクタル

夏の高校野球を、地方大会の準決勝あたりから眺めていると、我々のアイデンティティというものは、ドメスティックなものに限定しただけでも一筋縄ではいかないことがよくわかる。 最近は地方大会もネットで中継がある。大阪大会の準決勝くらいは、地元の近く…

国語と私

どうして手に取ったのか思い出せない本というのがある。若松英輔の「言葉の羅針盤」もそんな一冊だ。 読んでいると、思いがけず次の引用に出会った。 予もいづれの年よりか片雲の風にさそはれて漂泊の思ひやまず 心をくるはせる道祖神のまねきにあひて取物手…

僕は運転ができない

私は実はいろんなことができるのである。トロンボーンをまぁまぁ演奏できるし、たいていの金管楽器は一通りの音を鳴らせる。ちょっとだけならサクソフォンも吹けるし、平泳ぎも得意だ。もっと言えば、実はフランス語を喋ったり書いたり読んだりすることもで…

2019年上半期に読んだ本BEST5

2019年も早いもので半分が終了してしまった。というわけで、この上半期に読んだ本で印象深かったものを、個人的な順位をつけて5冊挙げてみたい。2019年、と書いてはあるが、新刊はほとんどないと思う。 第5位 中村高康 暴走する能力主義 教育関係の本。思…

横断歩道のこと

職場の近くに、みじかい横断歩道がある。幅およそ二メートル程度で、大人の足で二、三歩で渡れてしまう。交差する車道は一車線で一方通行で、見通しもよく、そもそも滅多に車が通ることがなく、だいたいの人は、赤信号でも、わりあい躊躇なく渡ってしまうよ…

こだわりのない人間

最初に入った会社の最終面接のことをよく覚えている。ある役員が発した質問で、 「他人が思うあなたの像と、あなたが思うあなたの像は、どのように異なっているか」 というのがあった。 そのときにどう答えたかは、実はまったく覚えていない。頭が真っ白だっ…

グアルディオラ的

私が働いている塾はいわゆる「個別指導」の塾だから、塾長であるところの私は、なるべく生徒と話す時間を持つようにしている。改まって面と向かって話す(たまにそういう機会もあるが)のではなく、ちょっとした雑談を毎週重ねていけるように心がけている。 …

雨の音が聴こえるとき

数年前から、幸福とは何かということを、自分なりに考えてきた。私にとって考えるということは、書くということに他ならない。書くことで自分の考えを知り、文字に置き換えられた考えを操作して、また別の考えを見つける。幸福とは何かということについて考…

好きな音楽を聴いているとき

私の友人に西田くんというのがいる。中1のときからの友人だから、もうかれこれ17年くらいの付き合いになる。人生の半分以上というわけで、大した時間である。彼は、今ブリュッセルでクラシック・ギターを専門に学んでいて、プロの演奏家を目指している人間…

大平健著 やさしさの精神病理

やさしさというのは、よく考えてみると複雑な概念である。私は、「好きな女性のタイプは?」と訊かれたら、「やさしい人です」と躊躇なく答えてきたけれど、ふと立ち止まって考えてみると、そのやさしさは、一体何を指しているのか、自分でもわからなかった…

フィクションにおける現実味の問題 サマセット・モーム『月と六ペンス』

いま振り返ってみると、大学生のときの時間というのは、人生がもし小説だとしたら、本文ではなく余白のようなものだと思っている。人生がもし交響曲だとしたら、一楽章のどこかに置かれた音符のない長いゲネラルパウゼのようなものだと思っている。 そんな大…

接着剤みたいな哲学者 アウグスティヌス

どうしてアウグスティヌスに興味を持ったのかよく憶えていないのだが、去年の秋くらいに梅田のジュンク堂で、ふと惹かれて買った。アウグスティヌスに関しては、名前を知っている程度で、たしかハンナ・アーレントの博士論文のタイトルが「アウグスティヌス…

現実逃避

シャワーを浴びている時はなぜだか反省してしまう。「あんなコトあんな風に言うんじゃなかったな」とか、「はー、昨日洗濯しておけばよかった」等々。たぶん、うつむいて湯を浴びるから自然と姿勢が反省をうながすのだと思う。そういう時、たまに、「俺の人…

2018年に読んだ本

いよいよ年の瀬ですね。 2017年に読んだ本 - BANANA BOOK を読み返したところ、2017年は30冊の本を読んでいたようですが、今年も30冊でした。 目標は「月3冊は読む!」だったのですが、残念ながら達成できなかったようです。来年こそは……という願いも込…

大人になる瞬間

あなたは、「大人になれよ」と言われたことがあるだろうか。私は、ある。それ以来、「大人」とは何か、何者なのかをよく考えている。 私は29歳で、いい大人だ。大人のなかでも、ルーキーとは言い難い。それでもまだ、自分の中に子供らしい部分があるのを感…

夢は名詞じゃなくていい

長い間感じていた違和感の正体がスッと理解できる、姿が見えることがある。私にとっては「ついさっき」がその瞬間だった。帰宅して手を洗い、テレビをつけて洗濯物を畳んでいるときに、「ああ、そういうことか」と得心がいったので、そのことを忘れないため…

デレク・ブルジョワ(Derek Bourgeois)について

大学の時に習っていたフランス語の先生が「人とは言葉である」ということをある日の授業でふっと言った。もちろんその言葉に至るまでには壮大な文脈があったのだが(その文脈自体は忘れてしまった)それから折に触れて「人とは言葉である」というセンテンス…

数学と私 その5

5. 人生という応用問題 たとえば子供に「何のために数学を勉強しなくちゃならんのか」と問われたら、それなりに言いくるめる方法はありそうである。「世の中には便利なものが沢山あるけれど、数学のおかげなんだ」とか、「数学を勉強していた人の方が年収が…

数学と私 その4

4.模試と私 私が通っていた高校は大学附属の学校だった。いわゆるエスカレーター式というやつだが、推薦基準なるものがあって、それを満たさないと大学に上げてくれないのである。 なぜか私たちの学年からその基準が厳しくなって、業者の模試を受けて、そ…

祈るとき

私は比較的「祈る」という言葉を頻繁に使う人間だと思う。実際よく祈る(人事部とかではないですよ)。自分のために祈ることもあるし、他人のために祈ることもある。日記にもよく「祈った」と書いてある。 私はキリスト教徒ではないけれど、中・高とキリスト…

数学と私 その3

3.別解と私 試験一週間前になると部活が休みになったので、そういう時、私はHRの教室に残って勉強をしていた。私のほかにもそういう生徒が何人かいたと思う。家では勉強できない人たちだ。ある日、一つの問題が私の手を止めた。 自分にとって大切な記憶は…