西岡兄妹 自選作品集 地獄

 

以前、西岡兄妹の「神の子供」を紹介しました。あれは言ってみれば長編のひとつの作品でしたが、今回は短編集です。

 

 

この作品集「地獄」には、表題作の「地獄」を含む十二編が収録されています。

書き下ろしの一作品を除けば、どれも90年代に発表されたものばかり。

まず、その「古びなさ」に驚きます。

 

たとえば、今「ポケットモンスター緑」というゲームをやったら、さすがに古いと感じるはずです。ポケモンのプレイ動画を見たって、「ああ、懐かしいなあ、ビット絵の時代は良かったなあ」なんて思う人もいるかもしれません。

あるいは村上春樹の「スプートニクの恋人」を読んだら、「そうだよね、当時はフロッピーディスクに文書を保存していたんだよね」となるはずです。作品自体は古びない、すばらしい瑞々しさを持っていますが、時代背景、小道具の古さというものを感じるはずです。

 

西岡兄妹の作品には、それがない。

なぜか。

 

ハナから時代を描写している作品ではないというのがひとつの理由です。

登場人物は日本人には見えませんし、時々日本の風景らしきものが描かれていますが、どうにも現実と乖離しているような印象を受けます。

なぜ、古びないのか。それは、やはり言葉の美しさに大きな理由があると思います。

時代におもねったような言葉ではなくて、とても個人的な心情を書き流しているだけなのに、高度に設計され、選び抜かれた言葉が物語を造っています。

ひとつひとつの言葉が、完璧に物語の世界観を造っていて、それを見事に絵が表現している。その絵と言葉の一体感が、時代というものを超越して、ひとつの新しい世界として存在しているのです。

だからたぶん、この作品集を十年後に読んだとしても、まったく「古い」という印象を受けないと思います。これは不思議です。

 

この作品集の中でおすすめをいくつか挙げておきましょう。

 

まず、眼のない天使がある日突然自分の前に降りてきて、なぜか自分のうしろをついてまわるという「天使」。どことなくカフカ的なおはなしですが、一篇の詩を読んでいるような、日本語の心地よさを楽しむことができます。

 

お気に入りのパジャマが臭くなるという「おでかけの日」もちょっと怖いですがおすすめです。静かな男女の日常のワンシーンが描かれていて、絵を見ているだけで色々考えさせられるような作品です。おはなし自体はとても普通じゃないのですが・・・。

 

私が一番好きなのは「顔のない女について」。まず、構成が他の作品と一風変わっていて、短編ドラマ風に、最初に結論の場面を切り取ったものが提示されています。

ある男が顔のない女を拾ってきて、その女がとても良い。とても気持ちいい、というところから始まります。この「顔のない女」の絵がかわいらしいのが不思議です。ただの顔に穴があいた少女の絵なんですけれど。

「ちょっとした好奇心からだったんだ」などの軽妙な言葉のチョイスは、他の深刻な作品にはないユーモラスな響きがあります。そして「一応縛ってみました」と、その女を縛り、女の顔にあいた穴をのぞいてみると・・・。

という作品です。

この作品のラストを読んでいると、普段分達が見ている月の光は、わたしたちが落ちてしまった大きな穴の入り口の光なのかもしれない、と思ってしまうはずです。

 

解説は作家のほしおさなえさんが書いてらっしゃいますが、ほしおさなえさんが言っておられるように、「理解する」ような物語ではないです。頭をリラックスさせて、小気味良い文章と、濃密で複雑な絵柄を楽しむのがいちばん良いかと思われます。そうすると、ふっと、物語の持つ寓話性みたいなものがぽかんと心の中に浮かんでくるはずです。

 

そんなわけで、「神の子供」に比べたらずいぶん気軽に読める作品集です。是非よんでみてください。