思い出のマーニー


「思い出のマーニー」劇場本予告映像 - YouTube

 

崖の上のポニョ」以降、ジブリの映画はことごとく映画館で観ているのだが、今回も公開されてすぐに観に行った。一人で行くのはちょっとさみしかったけど・・・。

 どういう感想を持ったかというと、「これはイイ!」に尽きると思う。激しくオススメである。私はジブリの作品はだいたい観てきたが、その中でもかなーり上位に食い込んでくる作品かなと思う。もちろん、宮崎駿には宮崎駿の世界があるので、同じ土俵で論じるのは難しいが、また別のジブリの良い映画を見せてもらった気分である。

 そんなわけで、これから観る!という方もいらっしゃると思うので、極力ネタバレを避けて、一体何が良かったのか、感想など述べてみたいと思う。

 

○舞台がいい

 

「思い出のマーニー」は現代日本の物語である。札幌に住んでいる主人公の杏奈は12歳、中学1年生になったばかりの女の子だ。ショートヘアの彼女は、絵を描くのが抜群に上手いのだが、ちょっとしたコンプレックスを抱えており、周囲の友人にあまり馴染めない。心の中の声と、実際に出す声が全然違う。これはいかにも思春期といった感じだ。

 彼女のコンプレックスの正体は、彼女がもらわれてきた子供であるという点なのだが、それについては序盤ではあまり多く語られない。むしろ彼女を悩ませているのは、喘息の発作である。なので、杏奈の保護者である「おばさん」(杏奈は彼女のことをお母さんとは呼ばない)が、医者と相談した上で、釧路にいる自分の親戚の家にしばらく療養に行ってみてはどうかと勧める。そうして杏奈は、夏休みが始まる少し前に、一人で釧路へ行くことを決める。

 この、釧路というのが良い。私は函館や小樽には何度か行ったことがあるが、釧路は未だに行ったことがない。北海道というのはとても広いのだ。物語の舞台になる釧路の湿原の絵がとても美しい。観ているだけで癒やされるようなアニメーションだ。札幌という都会と対比させられる釧路にある、不思議な洋館が物語の舞台になっていくのだが、このへんのロケーションを選んだこと自体がまず素晴らしいなと思う。

 

ダブルヒロインがいい

 

 釧路で絵を描いたりして過ごすようになった杏奈は、ある日、満潮の時刻にしか行くことの出来ない洋館にボートで行ってみる。そこでマーニーと出会う。マーニーは長い金髪に青い目をした少女だ。タイトルにもなっているこの少女、マーニーとの交流が始まり、それが物語の根幹になっていく。そして、このマーニーという少女は一体誰なんだろう?という悩みが杏奈の中に生まれる。そもそも、マーニーという少女は実在しているのだろうか?自分が見ている夢なんじゃないだろうか・・・?というような葛藤が、物語を先に進めていく。これ以上は激しいネタバレを含むので割愛させてもらいます。

アナと雪の女王」もダブルヒロインで、おそらくその文脈に沿って「マーニー」も語られていくのではないかと思うが、私はまだ「アナ雪」を見ていないので何とも言えない。だが、このダブルヒロインがすごくいいのである。

 余談だが私は最近中山可穂の一連の小説にハマっている。ご存知の方も多いだろうが、レズビアンの小説をたくさん書いている小説家だ。中山可穂の小説もすごく好きで、いつかこのブログでまとめてレビューしたいと思うのだが、女と女のまっすぐな愛を美しい文章で綴っている作家なのだ。私は彼女の小説が大好きで、そういう最中に「マーニー」を観たので、何か、女の子は女の子を愛するのが普通なのではないかと最近は思っている。常識がぐらぐらと揺らいでいる。

 とにかく、杏奈とマーニーの交流は、ありがちといえばありがちな、喧嘩したり、くっついたりなルートをたどるのだが、この二人が抱き合うシーンしこたま映しだされれる。その度にこう、胸打たれるのである。ただの抱き合うシーンなのにね。

 まあ、中山可穂の小説に比べたら全然甘っちょろい話なのだが、それでも私は好きである。とても幸せな気分になる。

 

○小さなきっかけがいい

 

 さて、「甘っちょろい」とは言ったが、このお話はわりかしディープな問題を扱っている。

 たとえば杏奈のコンプレックス。もらわれてきた子、という衝撃的な設定なのだが、ある時点まではこの杏奈は普通の子供で、保護者である「おばさん」にも心を開いていたし、よく感情を露わにする元気な子だったようだ。

 しかし、ある事をきっかけに心を閉ざし、どんな感情も押し殺すようになってしまう。それがいったいどんな事件だったのか?ということが冒頭からの謎なのだが、それは実はとても小さなきっかけから起こったことだということが明らかにされる。

 私たちは(たぶん)無意識のうちに、物語には劇的であることを期待している。まして映画ならそうだ。ましてジブリならそうだ。だから、杏奈の口から語られる自分のコンプレックスを決定的にした出来事には、肩透かしを食らう方も多いのかもしれないなと推測する。

 しかし、子供でも大人でも、あらゆる大きな苦悩や憂鬱のきっかけは、小さなものではないだろうか。それは一点のしみのような出来事なんだけれど、妙にひっかかり、それがリアリティを伴って杏奈を観る目に影響してくる。

 同じようにマーニーも自分の過去を杏奈に打ち明ける。それもヘビーな代物じゃない。今日日、ニュースで虐待だの、子供を放置して餓死だの、誘拐だの、激しいトラウマになりそうな子供のクライシスが世間にあふれているというのに比べれば、スクリーンの中の出来事はあまりにも小さく、映画の主題になるようなものではないかもしれない。でも、それはそれで現実だし、どんな小さなことでも大きなことのきっかけになるということを私達に教えてくれる。

 

○音楽がいい

 

 今までのジブリとは違う、という考えもあるだろうが、良質で観た後にさわやかな涙を流せる映画を創り出しているという点ではまったく変わりがない。グラフィックは美しく、音楽もすばらしい。今回の音楽は「何かいいな」と思っていたのだが、クレジットを見て納得した。村松崇継さんなのである。この人は映画「クライマーズ・ハイ」の音楽で聴いたテーマが今でも耳の奥にこびりついている。

 

 

クライマーズ・ハイ オリジナル・サウンドトラック

クライマーズ・ハイ オリジナル・サウンドトラック

 

 

 この中に収録されている「486段」という曲だ。これを聴いた時から、この作曲家の名前は頭に刻み込まれている。その彼が今回作曲を担当したというのも、もしかすると新しいジブリのチャレンジングな姿勢を表しているのかもしれない。すばらしい人選だと思う。久石譲は数々の名曲を作り上げてきたが、村松が担当したことで、「思い出のマーニー」という作品は久石とは別の世界を作り上げることに成功したと言えるだろう。

 

 長々と書いたが、ぐっとくる作品であることは間違いない。是非映画館で観ていただきたいと思う。