三度目くらいで気づくこともある 村上春樹「国境の南、太陽の西」

 

 
 
 村上春樹作品の中でも、個人的に気に入っている小説だ。長さ的には、単行本・文庫本一冊分で、中編小説ということになる。
 
 
 今回読んだのは、おそらく三度目だ。
 
 
 一回目は、高校生のとき。そのときから、こういう、大人の男が孤独に生きる雰囲気みたいなものが好きだった。そういう生き方に、素朴な憧れを抱いていた。
 二回目は、たぶん大学生の時、母親と一緒に函館を旅行したときだ。そのときどんな感想を抱いたかあまり憶えていない。ただ、読んでいて心地よかった。旅先で眠りづらくて、誰もいないホテルの廊下に誂えられたテーブルの前で、雪の降る夜にずんずん読んだ。
 
 
 今回読んで感じたのは、冒頭に出てくるセメントの比喩がずいぶんよくできているな、ということだった。
 
 この比喩は、端的に言えば、人格というのは、ドラム缶にやわらかいセメントを注いでいくように形成されていくということだ。はじめはやわらかく、いろんな形になることができるが、次々に継ぎ足していくと、下の方はだんだん固まってくる。人格は、ある程度、そういう不可逆的な時間軸に支配されるということなのだと思う。
 
 たしかに、人間が「もしかしたらそうであった可能性」を口にするとき、そこにいる現在の「私」は「そうでなかった私」なわけだから、公正に、客観的に何らかの見解を口にすることは、ひどく難しいのだろうなと思った。
 
 
 三度目にして初めて、この小説の中に出てくる「スター・クロスト・ラヴァーズ」という曲を聴いた。ものすごく美しい曲でびっくりした。同じ小説でも、三度目くらいに読むと新しい発見があって楽しい。