僕は運転ができない

 

 私は実はいろんなことができるのである。トロンボーンをまぁまぁ演奏できるし、たいていの金管楽器は一通りの音を鳴らせる。ちょっとだけならサクソフォンも吹けるし、平泳ぎも得意だ。もっと言えば、実はフランス語を喋ったり書いたり読んだりすることもできて、同じレベルで英語でもできる。隠していたけれど、指揮もできる。指揮ができるということは、少々複雑な楽譜でもある程度時間をかければ読めるということで、楽典や楽式や和声の知識も多少あり、大人数の演奏をまとめたりすることもできる。驚くべきことに、イタリア語も基本は一通りできて、ほんの少しラテン語の文法にも通じている。さらにたまげたことに、長編小説をこれまでに二つほど完結させ、短編小説は数え切れないほど書いて発表しているし、なんと空手は緑帯までやっていた。まだまだある、簡単な式なら微分したり積分したりできるし、三次関数までならなんとなく概形を書けるし、誰にも言わないでほしいが実は猫と会話できるし、スケートも少し滑れるし、「主の祈り」は暗唱しているし、「栄冠は君に輝く」をそらで歌うこともできるのだが………車の運転ができない。

 

 しかし、免許は持っているのである。大学生の時に取った。「みきわめ」で一回失敗したが、卒業試験は一発で通った。マニュアル車の運転免許を持っていて、いまそれは金色に光り輝いている。免許を取ってから、車を運転したことが、一度しかない。

 

 意外とそういう人が多いんじゃないかと思うのだが、私はどうも車の運転を異常に恐れているようなのだ。


 それは運転免許を取るために教習所に行っている時からそうだった。私は教習所に自転車で通っていたのだが、路上教習で通った道を、そのまま自転車で帰っていた。信号で止まると、目の前を何台もの車が、ぶつからずに、すいすいと動いてゆく。それは何だかまるで奇跡みたいな光景だった。いまだにそう思う。何であんなにでかくてうるさくて速いものが、微妙な間隔をちゃんと保って動いていけるのだろう。どうやって人はそれをコントロールしているのだろう。さっきまで自分がハンドルを握って、それをやっていたにも関わらず、私はその光景に心底感心してしまっていた。

 

 車を運転できなくなった、心理学的な理由みたいなものは一応ある。


 免許を取ったばかりの時、父親の車を運転させてもらいに行った。私の住まいは枚方だったが、その時父は天満橋に住んでいて、運転しに天満橋まで行った。


 その時の私は知る由もなかったのだが、枚方市の、国道一号線みたいな、せいぜい片側三車線くらいの道路と、大阪市のそれはずいぶん違う。また運転する人々も微妙に違う。私がそのとき走ったのが具体的にどの道路だったのかはわからないが、少なくとも四車線くらいはあった。おまけに、父親のフォルクスワーゲン・ゴルフは、教習所で乗っていたマツダ・アクセラとは色々と異なる点があった。


 父親を助手席に乗せて道に出るやいなや、隣からタクシーがどんどん車線変更してくる。ウィンカーを出そうとすると、ワイパーが動き出す。「違う!そこじゃない!」と父親は言うが、私はそんなこと知らない。「もとは外車だから、左ハンドルをそのまま右につけかえてるから」とか何とか父親はあとで言っていたが、運転している私に手元を見る余裕はない。だんだん視野が狭くなってくる。それなのに容赦なくタクシーは車線変更してくる。結局、2、3分で父親がギブアップした。「もうお願い、そのへんの路肩に止めて」そう言った父の顔は青ざめていた。

 

 私はそれ以来ハンドルを握ったことがない。とすれば、多くの人は、その最初で最後の短いドライブがトラウマになって、運転ができなくなったんだろうね、と言うだろう。


 その出来事はトラウマという程のことではなかったような気がするのだ。はじめから、車の運転なんかできないだろうなぁ、と自分で思っていた気がするのだ。じゃあなんで無理して免許を取ったのだ、と言われると、それは、みんな取ってるし、身分証がわりに取っておけよ、仕事で必要になるかもしれないし、みたいな周りの言葉に流されたからだ。

 

 思えば教習所に通い始めた時から、なんとなく自分がそこにいるべき人間ではないように感じていた。多少の勉強もしたし、時間も費やしたし、練習もした。でもそれはとても空虚な時間であったように思う。運転をしている自分というものがまったく想像できなかった。実際には運転していたわけだが、常に居心地が悪かった。教習所がキツイ坂道の下にあったせいで、毎回坂道発進せざるを得なかったが、なんでそんな風に発進しないといけないのか、そのメカニズムは最後までわからなかった。

 

 厳密に言えば、私は、車を運転して「みたい」という欲求のきっかけを、人生のどこかで拾い損ねたんではないかと思うのである。もしそんなきっかけが少しでもあれば、上記のようなことは易々と乗り越えたのではないかと思われる。逆に言えば、車を運転する多くの人は、たとえばそれが、車がないと生活できない、というような切実な義務感からであったとしても、どこかしら、何かしら拾ってきているのである。

 

 同じことは人生のいろいろな場面で遭遇するように思う。とすれば、実はそこにはヒントが隠されている。もし本当に何かをやりたいとか、あるいは、誰かにやらせたいと思うなら、「きっかけ」みたいなものが大切なのだと。そして自分の人生を振り返って思うのだが、私の人生の道にも車の運転に関するその小さなきっかけが落ちていたんじゃないだろうか。そんなことを書くと、何となく自己啓発くさい。「さあ心を開いて、新鮮なまなざしで足元を見つめてみましょう。あなたの周りには、たくさんのきっかけが落ちています。それを拾うか拾わないかはあなた次第。いまは小さなことが、将来大きな成功に、あるいは失敗に結びつくかもしれません……」

 

 私が言いたいことは、その反対なのだ。拾わなくてもいいじゃん、そんなの、ということだ。心は半開きくらいがちょうどいい。車を運転できなくて困ったことはいまのところない。助手席に座るのは結構好きだ。もし本当にそれが必要なものだったら、拾ってるに決まっているのだ。できないことを嘆くより、できることを喜んだ方が人生は楽しい。だって、車を運転するより、猫と話せる方がずっと素敵だと思うから。