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Le Grand Cahier

「苦手」のコペルニクス的転回

誰にでも苦手なことはある。私が苦手なもの、ブロッコリー、ダイエット、早起き、理科全般、会議、セカンドトロンボーンの楽譜、ドイツ語の格変化、地図を読むこと、etc,etc……。 あるいは苦手な人、みたいなのも、どうやらあるようだ。 私自身は、自分で言う…

真に創造的なこととは

クリエイティブという言葉が昔から体の中のどこかの部分に引っかかっているような感じがする。私はどうもそういう細かい、比較的どうでもいいことを多少気にする性質らしいのだが、とにかくクリエイティブ、という言葉を聞いたり読んだりすると、「これは一…

楽しむための訓練

小説や絵画や音楽といった芸術作品でも、スポーツをすることでも、スポーツの観戦でも、あるいは学問でも、はたまた人生そのものでも良いのだが、ものごとを「楽しむ」ということは、容易に思えて、案外そうでもないものである。ということを最近よく考える…

孤独という状態は人間にとって必要か?

人間は思考する生き物である。絶滅を免れ生き残ってきた生物には、それなりに論理的に説明できる様々な理由があるはずである。たとえば、極度の熱に耐える外皮を持っていたとか、酸素のない環境でも繁殖できたとか、そういった、後代から見て納得のできる理…

記憶について

ついこの間、駅のベンチに座って新聞を読んでいると、「本郷くん?」という声がした。紙面から顔を上げてみると、マスクをした美しい女が微笑んで立っていた。 小学校の同級生のMだった。彼女とは大学時代に何度か駅で顔を合わせたが、それでも三年ぶりくら…

書くということについて 2 だれかに当たります

私たちはアナロジーにまみれて生きている。今日もあなたは誰かと話すときに何かのアナロジーを使ったかもしれない。アナロジーを使えば、銀座のホステスを口説くこととナショナルクライアントから仕事を取ってくることは同じことになるし、新聞記者の仕事は…

心の内側と外側について

佐渡裕という指揮者が興味深いことを言っている。誰かの受け売りの可能性はあるが、曰く、「感動する」ということは、「感じて動く」ということなのだと。実に彼らしい言葉のように思う。佐渡という人は常に感じて動いて来た人物だ。ブザンソンで賞を取り、…

ポーランド脱出

台風11号のせいで陰惨な気分で盆休みを迎える方も多いのではないだろうか。私も明日の予定が中止になってしまった。特に西日本に住んでおられる方は、今週末の予定を変えざるを得ない状況に追い込まれているものと想像する。 NHKでJALやJRのキャンセルにつ…

人はなぜ自分の思考を疑うのか?

共時性(synchronicity)という言葉がある。ユングも真っ青になるほどざっくりした説明をすると、要するに、「偶然はただの偶然じゃないんだよ」ということである。何かしらの法則、意識の外側の力があるということらしい。 ごく手近な例をひとつ挙げてみる。…

血液型について

AB型である。私がである。大変なことである。オチがないと死んでしまう病に取り憑かれた大阪人に囲まれて育った私は、幼少の時からAB型というだけでオチに使われてきた。彼らはサッカー日本代表みたいにパス回しだけで90分を終えるということがない。絶対…

良い演奏のためには

むかし外国でアマチュア吹奏楽団に所属していたことがある。ひょんなことから見つけたその市民楽団に私は入り、たったひとりの日本人、というかたったひとりの外国人として演奏活動を行っていた。当然のことながら、最初はかなりびびりながら練習に行ってい…

何かを発見するとき

一人で旅をしはじめたのはいつだったろうか。一人でどこかへ旅をすると、新しい何かを自分に付け加えられたような気持ちになれる瞬間がある。私たちはなぜ旅をすることで閃いたり、気づいたり、見つけたりした気になれるのだろうか? 生まれて初めて、一人で…

外国語を学ぶということについて

マレーシアで生まれて初めてトランジットを経験した時のことである。クアラルンプールの空港で、六時間後のフライトまで何もすることがなく、私はソファに深く身を沈めてただぼおっとしていた。右から左へ、色々な顔の人がゆく。色々な言葉が聞こえる。その…

外国で生活することについて

留学生のルーツをたとえば空海と最澄に求めることは無理のある議論だろうか。かつてこの国では留学生ではなく留学僧(るがくしょう)という存在があった。留学僧はおよそ二十年のスパンで中国に住み、そこで勉強して帰国してからは国の根本のところで教えを…

読むということについて

読むという行為は、おそらく書くこと以上に、日常的に行われていることなのだが、深く考え始めると不思議な行為であることが分かってくる。私たちは読みながら(あるいは書きながら、でもあるのだが)自分自身の中にある内なる存在、その声を聴いている。そ…

書くということについて

私は自分の音楽的才能に関しては多少の自信を持っている(それは過去の実績から来るものだ)が、文学的才能などというものは微塵も信頼していない(つまり実績が無いということだ)。いずれにせよ、何かをする時(楽器を演奏したり、小説を書いたり、あるい…

音楽について

私が大学生の時、しばらく日本を離れることになったことがある。私は大学のオーケストラに所属していたのだが、離れ離れになってしまう後輩たちのために、私なりに音楽について考えたことを書いた一冊のノートを残した。その中でもずいぶん音楽のことを書い…