本紹介

世界を知覚する方法について

今井むつみという心理学者が書いた、「ことばと思考」(岩波新書)を読んだ。昨年度の読書テーマは、「日本」だった。 と言っておきながら、この本は、日本語についての本ではなく、さまざまな言語を比較検討した本だが、日本語話者であるところの私は、やは…

2019年に読んだ本

あけましておめでとうございます。2020年もよろしくお願いします。 年も明けたので、2019年に読んだ本を振り返っておきたい。2017年は30冊、2018年も30冊だったわけだが、2019年は38冊の本を読んだ。一年を過ごしているうちはそんなに読んだ感覚がなかったの…

意味がやってくる速度

この間まで30歳が目前だったのに、30歳になってしまった。どうにも、「3」という数字が自分に馴染んで来ない。十年の区切りとはそういうものなのかもしれない。 ところで、30歳になっても、知らない言葉はいくらでもある。この間、川上弘美の「神様」…

国語と私

どうして手に取ったのか思い出せない本というのがある。若松英輔の「言葉の羅針盤」もそんな一冊だ。 読んでいると、思いがけず次の引用に出会った。 予もいづれの年よりか片雲の風にさそはれて漂泊の思ひやまず 心をくるはせる道祖神のまねきにあひて取物手…

2019年上半期に読んだ本BEST5

2019年も早いもので半分が終了してしまった。というわけで、この上半期に読んだ本で印象深かったものを、個人的な順位をつけて5冊挙げてみたい。2019年、と書いてはあるが、新刊はほとんどないと思う。 第5位 中村高康 暴走する能力主義 教育関係の本。思…

大平健著 やさしさの精神病理

やさしさというのは、よく考えてみると複雑な概念である。私は、「好きな女性のタイプは?」と訊かれたら、「やさしい人です」と躊躇なく答えてきたけれど、ふと立ち止まって考えてみると、そのやさしさは、一体何を指しているのか、自分でもわからなかった…

フィクションにおける現実味の問題 サマセット・モーム『月と六ペンス』

いま振り返ってみると、大学生のときの時間というのは、人生がもし小説だとしたら、本文ではなく余白のようなものだと思っている。人生がもし交響曲だとしたら、一楽章のどこかに置かれた音符のない長いゲネラルパウゼのようなものだと思っている。 そんな大…

接着剤みたいな哲学者 アウグスティヌス

どうしてアウグスティヌスに興味を持ったのかよく憶えていないのだが、去年の秋くらいに梅田のジュンク堂で、ふと惹かれて買った。アウグスティヌスに関しては、名前を知っている程度で、たしかハンナ・アーレントの博士論文のタイトルが「アウグスティヌス…

2018年に読んだ本

いよいよ年の瀬ですね。 2017年に読んだ本 - BANANA BOOK を読み返したところ、2017年は30冊の本を読んでいたようですが、今年も30冊でした。 目標は「月3冊は読む!」だったのですが、残念ながら達成できなかったようです。来年こそは……という願いも込…

夢は名詞じゃなくていい

長い間感じていた違和感の正体がスッと理解できる、姿が見えることがある。私にとっては「ついさっき」がその瞬間だった。帰宅して手を洗い、テレビをつけて洗濯物を畳んでいるときに、「ああ、そういうことか」と得心がいったので、そのことを忘れないため…

数学と私 その5

5. 人生という応用問題 たとえば子供に「何のために数学を勉強しなくちゃならんのか」と問われたら、それなりに言いくるめる方法はありそうである。「世の中には便利なものが沢山あるけれど、数学のおかげなんだ」とか、「数学を勉強していた人の方が年収が…

ほかのどんな小説とも違う小説  奥泉光 「石の来歴」

もしあなたがとても美しい万華鏡を手に入れたとしたら、きっと数時間はそれを手放すことができないだろう。でも一晩眠ればその感動は失せて、一週間後にはどこかに仕舞っていて、半年後には埃をかぶってしまい、一年後にはどこに置いてあるかわからなくなっ…

三度目くらいで気づくこともある 村上春樹「国境の南、太陽の西」

村上春樹作品の中でも、個人的に気に入っている小説だ。長さ的には、単行本・文庫本一冊分で、中編小説ということになる。 今回読んだのは、おそらく三度目だ。 一回目は、高校生のとき。そのときから、こういう、大人の男が孤独に生きる雰囲気みたいなもの…

2017年に読んだ本

平成三十年になった。私は平成元年生まれだから、平成の時の流れとともに成長してきたのだが、意外な形で平成が終わることになった。心がまえができるという点では良いのだが、もう自分がひとつ古い元号の時代の人間になると解っているというのは、少し複雑…

時代を経てなお輝く評論 清沢洌評論集

清沢洌という人の名はジャーナリズムを専攻していた頃からもちろん知っていたが、どういう文章を書いていたのか、どういう思想の持ち主だったかということは、恥ずかしながらこれまで知らなかった。 「愛国心とは、すべての美と真をふくむものであろう」 こ…

たまには短歌などいかが 五島諭著 緑の祠

滅多に詩というものを読まない。格言めいた言葉は好きな割に、これまで詩という領域にとくべつ関心を持ったことがない。二十数年生きてきて、恥ずかしいことではあるが、初めて買った詩集がこの「緑の祠」ということになる。 たまたま近所の大きな本屋に入っ…

島がミステリー 多島斗志之著「不思議島」

私はこのブログでいろいろな書籍を紹介してきたが、なぜそんなものを書くのかということを、一度、改めて考えてみたいと思う。新年でもあることだし。 私は比較的読書をする方だと思う。統計を取ったわけではないし、実際そういった統計は存在するのだろうが…

ドラマ「沈まぬ太陽」を見終えて 音楽描写について

テレビドラマというものは、おそらく現代の鏡のような役割を果たしていると思うのだが、それにしても、ずいぶんと見なくなった。鏡なんか見なくても、自分の顔つきくらいわかっている、という傲慢さがあるわけではないのだが、どうも「見たいドラマ」という…

教育の未来を描く 中室牧子著 学力の経済学

かつてプラトンは、師ソクラテスとプロタゴラスとの議論を描く際、アテナイ人が議会に集まって議論をする様子を描写した。ソクラテス曰く、市民が土木建築に関する議論をするときは、建築家を招き、造船に関する場合は造船の専門家を呼ぶ。それらの専門家で…

読書感想は時空を超えて 宮部みゆき著 模倣犯

読書感想文というものがある。夏休みの宿題として悪名高いアレだ。読書家の間でも話題に上ることは少ないが、私はけっこう、意義のあるものではないかと思っている。 というのも、アレはアレで、読み返すとなかなか味があって面白いのである。 中三の時、夏…

稀有な書 村岡崇光著 私のヴィア・ドロローサ

よくよく考えてみると、私が過ごした中学校、高等学校は、いわゆる中高一貫の私立校で、キリスト教主義の教育というものを標榜していた。 在学中、キリスト教的な象徴は校内のいたるところに存在したし、週に二度礼拝があった。宗教教育の授業もあった。その…

幸せは自分の中にある 長野正毅著 『励ます力』

たとえば野球の世界には、イチローというスターがいる。どちらかといえば孤高の天才といったイメージのあるイチローだが、彼に憧れる同業者―—つまりは野球選手だが―—は多く存在するのだろう。たとえば川崎宗則という選手は、イチローに憧れる選手のなかでも…

ある不安について ルース・オゼキ著 あるときの物語(A Tale for the Time Being)

小説を書くという人が、ぜひ薦めたいと思う小説は、本当はその人が書きたかったと願うような小説ではないか。私はそのように疑っている。実際、今から私があなたに薦めようとしているこの小説は、私が書きたかった種類の小説なのだ。 3.11の時、私はフラ…

「イスラム国」について考える前に 内藤正典著『イスラームから世界を見る』

例の人質事件があってから、連日「イスラーム国(ISIL,ISIS,IS,Daesh)」についての報道がなされている。インターネット内外問わず、この「イスラーム国」について、知識人や、あるいは、知識人ではない一般の人々が意見を表明し始めている。その中には感情…

一月に読んだ本

○天使の骨(中山可穂) 王寺ミチルシリーズ第二弾。ではあるけれど、もっとあとの中山作品を知っているわたしとしては、うーん、もうひとつ、という印象をはじめに抱いた。どうにも外国、外国人がぱらぱらと軽すぎる感じがある。話もどんどん進んでいっちゃ…

中山可穂の原点 『猫背の王子』

正月、インフルで寝込んでいる間にようやく読んだ一作。 わたしは大抵、気になった作家がいたらそのデビュー作をなるべく早く読むことにしている。しかし中山可穂の場合、デビュー作になんとなく手が伸びず(時間をまたいだ三部作であると知っていたので)、…

小説好きのための中編小説集 中山可穂著 「弱法師」

明けましておめでとうございます。気がつけば2015年。年をとるたびに、一年一年が短くなっていくような気がしている。手帳についている新しい年のカレンダーを眺めてみると、案外一年というのは短いなと思い、すこし溜息をついてしまう。 さて、正月とい…

村上春樹の三段跳び 「1973年のピンボール」

1973年のピンボール (講談社文庫) 作者: 村上春樹 出版社/メーカー: 講談社 発売日: 2004/11/16 メディア: 文庫 購入: 13人 クリック: 68回 この商品を含むブログ (286件) を見る 毎年この時期、つまり涼しくなってまわりに風邪ひきが増えたり台風が列島を直…

あまりに個人的な書評 村上春樹著 風の歌を聴け

「完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。」 村上春樹著 『風の歌を聴け』講談社 p.7 風の歌を聴け (講談社文庫) 作者: 村上春樹 出版社/メーカー: 講談社 発売日: 2004/09/15 メディア: 文庫 購入: 43人 クリック: 461…

さわやかな青春小説 加納朋子著 少年少女飛行倶楽部

少年少女飛行倶楽部 (文春文庫) 作者: 加納朋子 出版社/メーカー: 文藝春秋 発売日: 2011/10/07 メディア: 文庫 クリック: 12回 この商品を含むブログ (21件) を見る 少年少女飛行倶楽部 作者: 加納朋子 出版社/メーカー: 文藝春秋 発売日: 2009/04 メディア…